巨人軍歴代監督の勝敗や優勝回数等全成績一覧 読売ジャイアンツの指揮官全16人データ

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野球

読売ジャイアンツ12代目監督:王貞治(おうさだはる)

名   前:王貞治(おうさだはる)
生年月日 :1940年(昭和15年)5月20日
出 身 地:東京府東京市本所区(現:東京都墨田区)
出 身 校:早稲田実業学校高等部
公式戦勝敗:347勝264敗39分
優勝回数 :1回(日本一は無し)
巨人監督期:1984年1988年

第一次藤田政権で助監督を務め、1984年に満を持して誕生した王貞治巨人軍第12代監督。言わずと知れた、ホームラン世界記録として燦然と輝く868本塁打を記録した「世界の王」です。

結論から申し上げますと、ON砲として巨人のV9の原動力だった長嶋茂雄氏の第1次政権と同じく、王貞治監督の巨人軍監督時代は決して成功とは言えないものでした。優勝出来なかった就任からの3年間と、ラストイヤーにおけるマスコミからのバッシングもかなり酷かったというのをハッキリ記憶しています。

但し、長嶋監督が第2次政権で見事に監督として結果を出したように、王監督も1995年からのダイエー(ソフトバンク)ホークスにおける監督時代に見事リベンジを果たしました。現在の常勝ソフトバンクの礎を築いたのは間違いなく王貞治氏の功績といってもいいでしょう。

巨人時代の印象として一番強く残っているのは、ジャイアンツ史上最強助っ人と呼ばれたクロマティが王監督を“ボス”と呼んで慕い敬愛していた事でしょうか。クロマティは王さん以外のいう事を聞かなかったというのは有名な話ですね(笑)

読売ジャイアンツ15代目・17代目・19代目監督:原辰徳(はらたつのり)

名   前:原辰徳(はらたつのり)
生年月日 :1958年(昭和33年)7月22日
出 身 地:神奈川県相模原市南区
出 身 校:東海大学
公式戦勝敗:1024勝776敗58分
優勝回数 :8回(日本一は3回)
巨人監督期:2002~2003年・2006~2015年・2019年~

2019年シーズンより三度指揮を執る事となったことで、巨人軍の歴史上初めて3度の監督就任という指揮官となったのが原辰徳監督。長嶋・王というあまりにも偉大過ぎる強打者の後継者として巨人軍の4番打者を長年務めた人物でもあります。

第1次と第2次は堀内政権、第2次と第3次は高橋政権と、共に短命に終わった政権を挟んでの監督登板となっています。

12年で7度のリーグ優勝というのは監督として立派な数字ですが、そんな実績の裏において、原氏の後任監督は気の毒だったという声がある事も確かです。堀内監督も高橋監督も、原監督の後任監督は生え抜き選手の育成や戦力整備に苦労したというのは確かといえます。そういう意味では原監督は育成力というよりもFAや外国人といった資金力に物を言わせた補強で得た巨大戦力を生かした采配で力を発揮した監督といえるでしょう。そういう意味では同時期に監督を務めた中日の落合博満監督とは正反対ともいえます。

3度目の登板で今度はしっかりと生え抜きの有望戦力を育成して次の監督にバトンを渡せるのか?第3次政権こそ原監督の真価を問われるといってもいいかもしれませんね。次の監督には堀内氏や高橋氏のような苦労をさせないためにも。

読売ジャイアンツ16代目監督:堀内恒夫(ほりうちつねお)

名   前:堀内恒夫(ほりうちつねお)
生年月日 :1948年(昭和23年)1月16日
出 身 地:山梨県甲府市
出 身 校:甲府商業高校
公式戦勝敗:133勝144敗7分
優勝回数 :0回
巨人監督期:2004~2005

現在に至るまで、唯一巨人監督としての通算成績が負け越しとなっているのがこの16代監督の堀内恒夫氏。その監督年数は僅か2年で幕を閉じました。

堀内氏自らが「青天の霹靂(せいてんのへきれき)」と語ったように、原監督のあまりに突然の辞任とともに降って湧いたような監督就任となりました。同時に、打線はプロ野球のシーズンホームラン数新記録をマークする程の超強力打線でしたが、原監督から引き継いだ投手陣はボロボロの状態であり、堀内監督にとっては実に気の毒な状況下での監督生活となった事は否めません。

そんな中での堀内監督の最大の実績といえば、実績の全くなかった内海哲也投手を我慢強く先発ローテーションで使い続け、退任後にエースとなるだけの基盤を作った事でしょう。当の内海投手本人が堀内監督に対する感謝を今でも口にしているのがその表れといえます。

個人的にはもう一度チャンスを与えてあげて欲しい監督だと思いますね。あれだけ投手力が脆弱だと本当に気の毒でしたね…

読売ジャイアンツ18代目監督:高橋由伸(たかはしよしのぶ)

名   前:高橋由伸(たかはしよしのぶ)
生年月日 :1975年(昭和50年)4月3日
出 身 地:千葉県千葉市中央区
出 身 校:慶應義塾大学
公式戦勝敗:210勝208敗11分
優勝回数 :0回
巨人監督期:2016~2018

所属選手が野球賭博事件に関与という激震に揺れる中、原辰徳監督の二度目の辞任を受け、強かった現役続行の意思を断念してまで引き受けた第18代巨人軍監督の高橋由伸氏。原監督の1次政権後に監督となった堀内氏と同じく、優勝出来ぬまま巨人軍監督を辞任する事となりました。

堀内氏と同じく、高橋監督も戦力的にはピークを過ぎたベテランが多く若手が育っていないという戦力的過渡期に監督となった点で同情すべき点が大きいですね。阿部慎之助や長野久義、亀井義行、内海哲也、山口鉄也、西村健太朗といったかつての主力選手は下り坂。しかし若手は育っていないというどん底状態に加え、高橋監督時にFAで球団が獲得したのは森福允彦に山口俊、陽岱鋼、野上亮磨といったメンツであり、お世辞にも大活躍したとは言えない面々ばかりでした。そんな厳しい状況下において、田口麗斗や岡本和真、吉川尚輝といった次世代を担う若手を抜擢して育てた部分は大いに評価されて然るべきでしょう。

堀内氏と同じく、この高橋監督にも是非もう一度チャンスを与えてあげて欲しいですね。とはいっても、由伸本人はもうコリゴリといった感情があるのかもしれませんが…

というわけで、日本職業野球連盟(NPBの前身団体)発足前からの巨人軍歴代監督をご紹介してきました。

大日本東京野球倶楽部から数えて80年以上を経過する現在まで、巨人軍の監督となったのは僅か14名のみ(巨人球団史では12名)。まさに選ばれし人たちといえるかもしれません。逆に言えば、巨人軍監督への条件とされる厳格な不文律が存在するが故にこれだけ少数であるという事もいえるのかもしれません。

これから時代を経るに従ってどんな監督が誕生するのか、楽しみに見ていきたいですね。

なお、巨人軍監督への条件や不文律についてはこちらの記事もご覧ください。

読売ジャイアンツ監督就任条件の「不文律・暗黙のルール」

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