戦国武将のカッコいい異名・あだ名・別名一覧 風神雷神、龍虎獅子、謀将、黒衣の宰相…

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日本史

足利義輝 剣豪将軍

「剣豪将軍」と呼ばれたのは、室町幕府第13代将軍の足利義輝(あしかがよしてる)。12代将軍・足利義晴を父に持ち、15代・義昭は弟にあたります。

鹿島新当流を開いた剣豪・塚原卜伝の直弟子であり、三好三人衆に襲撃された時(永禄の変)には薙刀と刀を振るって襲い来る幾多の敵を斬り倒したと伝わっています。最期は多勢に無勢、衆寡敵せず討ち果たされますが、将軍でありながらのその勇猛果敢な奮戦ぶりは、まさに「剣豪将軍」の呼称に相応しいものと言えるでしょう。

三好長慶 日本の副王

天文~永禄年間において日本の中心にいたのがこの三好長慶(みよしながよし)。政局の中心である近畿を支配し、足利将軍を追放し、将軍家や管領細川氏に代わって政権を掌握した超大物です。一時とはいえ日本の頂点に君臨したその権勢はまさに「日本の副王」と呼ぶに相応しいものでした。

織田信長が頭角を現すまでの戦国時代の主役であり、「日本の副王」と呼ばれる程の存在であったにも関わらず、不当に知名度が低いと思うのは筆者だけでしょうか。

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今川義元 海道一の弓取り

駿河・遠江の守護として東海道の覇者として君臨し、天下に最も近いとまでいわれたのが、「海道一の弓取り」の異名をとった今川義元。時代劇などではいかにも貴族然としたキャラで描かれることが多く、桶狭間の戦いでの最期も相まってともすれば軟弱なイメージが持たれることも多いこの義元ですが、「海道一の弓取り」の呼び名が示す通り、戦国屈指の名将との声も名高い存在です。

近年、戦国大名・武将として今川義元の真の実力が再評価されてきているのは嬉しい限りですね。

武田信玄 甲斐の虎

甲斐源氏の宗家、甲斐の守護武田氏の第18代当主であり、甲斐のみならず信濃、駿河、上野、遠江、三河、美濃、飛騨にまで勢力を拡大した「甲斐の虎」がご存じ、武田信玄。

「越後の龍」と呼ばれた上杉謙信との宿命の龍虎対決、「川中島の戦い」はあまりにも有名ですよね。

上杉謙信 越後の龍・軍神・毘沙門天の化身

“甲斐の虎”武田信玄と「川中島の戦い」で死闘を繰り広げた、関東管領・上杉謙信。

“甲斐の虎”に対する“越後の龍”という異名の他、その鬼神のごとき強さから「軍神」、或いは毘沙門天の旗印から「毘沙門天の化身」とも呼ばれた、まさに戦国最強の男です。

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