【真田丸キャスト】徳川家康の軍師・本多正信、名将・石川数正、愛妾・阿茶局(あちゃのつぼね)、伊賀忍者・服部半蔵

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真田六文銭 真田丸

「真田丸」で真田昌幸・信繁の前に大きく立ちふさがる巨大な敵・徳川家康

その徳川家康を支える徳川家の人々。

徳川家康が織田信長、豊臣秀吉の後を受けて最終的に天下人になりえたのは、彼自身の能力もさることながら優秀な家臣団に恵まれていたからというのも大きな理由だと思います。

今回はそんな天下人・徳川家康を支えた人たちを取り上げてみたいと思います。

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本多正信(ほんだまさのぶ)演:近藤正臣

読みは「ほんだまさのぶ」。通称・弥八郎。徳川家康の側近中の側近であり、参謀の役割を果たした。相模国玉縄藩主で官位は従五位下・佐渡守(さどのかみ)。

鷹狩を好んだ家康の鷹匠(鷹を操るのに長けた職人)として仕え、後に家臣として出世するが、家康の領国三河で起こった「三河一向一揆」では本願寺一揆衆側につき、徳川家と戦う。

家康による一揆の鎮圧後は三河から脱出し、浪人として諸国を流浪する事となる。この浪人時代の事は詳しく分かっていないが、大和国の松永久秀に仕えていたという説もある。

流浪生活の後、本能寺の変が起きた天正10年(1582年)よりも以前の段階で、既に徳川家康に帰参し徳川家臣に復していたと言われている。

家康に再び使えるようになると、正信はその智謀を思う存分発揮するようになる。

本能寺の変後、堺で報を知った家康に付き従ってともに三河へ落ち延びたという(有名な「伊賀超え」)。さらに信長の死によって生じた「天正壬午の乱」においても暗躍、徳川家の信濃・甲斐における領土拡大に貢献し、両国の統治にも大きく関わった。

慶長5年(1600年)に起きた「関ヶ原の戦い」においては、家康の嫡男・徳川秀忠率いる別動隊に属し、中山道を西へと進む過程においての真田家攻略の戦いである「第二次上田合戦」にも参加する。

関ヶ原の戦い後、家康が征夷大将軍となり江戸幕府を開くとその幕政の中心として大きく貢献し、家康隠居後も二代将軍秀忠の腹心として幕政に関わった。

元和2年(1616年)4月に家康が死去すると、その後を追うように同年6月に死去。享年79。これだけの徳川家の大功労者でありながら、賜った領地は相模玉縄のたった2万2千石であった。

 

この本多正信、ドラマなどでは家康の下で策謀を巡らす策略家として出てくることの多い武将ですね。実際に、家康がとった陰湿な策略の多くがこの本多正信がたてた物であるとの説もあります。

徳川家康からの信頼は非常に厚かったこの正信ですが、徳川家の家臣団からは嫌われものでした。徳川四天王と呼ばれた榊原康政などは正信の事をボロクソですし、同じ一族の中でも、康政と同じく徳川四天王の一人である本多忠勝や「鬼作左」の異名で知られる本多重次などは同じ一族として見られるのも嫌がったほどだったと言われています。

しかしこの正信が家康の天下取りの大功労者なのは間違いないですし、実際にこれだけの大物でありながら領地は少なく、私欲もなかった人物だったと思われます。ただ家康に尽くした忠臣であるという事です。

こう見てみると誰かに似てませんか?私利私欲が無く、主君のためのみに働く忠義の士であり、周りからは疎まれ人気がない・・

そう、西軍を率いて関ヶ原を戦った石田三成です。

家康と秀吉、仕える主君は違えどもその本質は同じだったのではないでしょうか。三成や正信のような有能な内政タイプの武将は、槍働きで出世してきた武将たち(忠勝、康政や加藤清正福島正則ら)から嫌われるというのも共通していますよね。

この家康の参謀、本多正信を演じるのがベテラン大俳優・近藤正臣。大河ドラマ出演は2010年の「龍馬伝」以来、6年ぶり10作目です。

前作「龍馬伝」では龍馬の宿敵ともいえる土佐藩主・山内容堂を怪演されましたね。まさに龍馬にとってのラスボスに相応しい演技でした。昔は正統派二枚目俳優でしたが、ここ最近はこういった敵役が多く、その演技力を遺憾なく発揮してらっしゃいます。

今回は真田家のラスボス・家康の側近役。とはいえ、ラスボスである家康と同等の実力を持った武将として描かれるのではないでしょうか。昌幸との謀略比べや信繁との駆け引きなど見どころが満載な役どころですね。


石川数正(いしかわかずまさ)演:伊藤正之

読みはいしわかかずまさ。天文2年(1533年)生まれ。徳川家康が駿河の戦国大名・今川義元の人質であった幼少期から家康に仕える譜代の家臣。

義元が「桶狭間の戦い」で織田信長に討ち取られ、家康が独立した後に信長と同盟した「清州同盟」の成立の立役者と言われている。清州同盟を始めとして外交に活躍する一方、西三河を治めるなど内政面にも才能を発揮、武田家と戦った「三方が原の戦い」や「長篠の戦い」でも戦功を挙げるなど、内政・外交・軍事と全てにおいて高い能力を有する、まさに徳川家の重臣であった。

本能寺において信長が倒れたのちは、信長に代わって台頭した豊臣秀吉との外交交渉の役を任される。「小牧長久手の戦い」において家康軍の重臣として秀吉と戦うが、その翌年、突如として家康を裏切り、豊臣家へと寝返る。

徳川家の重臣であった数正の出奔が徳川家に与えた衝撃は計り知れず、徳川の全てを知る数正の秀吉への寝返りによって、徳川家は軍事戦略を全て変えざるを得なかったという。

秀吉の下での数正は信州・松本に領地を与えられ、名城と謳われる松本城を築城し、城下町や街道の整備などの事業に着手し、現在の松本の基礎を築いた。

文禄2年(1593年)死去(異説もあり)。享年61。

 

徳川家康の重臣でありながら、宿敵豊臣家に降った名将ですね。しかし、この数正の裏切りによって軍制を全て武田式に変えたというのは、長い目で見て徳川家にとってはプラスだったのかもしれません。そういう意味では、徳川家の天下取りの功労者とも言えるかもしれませんね。逆説的ですが(笑)。

演じるのは伊藤正之さん。大河ドラマ出演は2012年の「平清盛」以来4年ぶり2度目になります。

舞台「12人の優しい日本人」、「バッド・ニュース☆グッド・タイミング」や映画「The有頂天ホテル」など、三谷作品にも数多く出演されているベテラン俳優さんですね。

徳川家と豊臣家の暗闘の象徴ともいえるこの石川数正。どんな数正像を作ってくれるのか楽しみにしましょう。

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阿茶局(あちゃのつぼね)演:斉藤由貴

読みはあちゃのつぼね。弘治元年(1555年)生まれ。

武田家家臣・飯田直政の娘で、徳川家康の側室。家康没後は出家して雲光院と名乗る。

家康との間に子はなかったが、数ある家康の側室の中でも家康に最も愛された一人と言われており、幾度となく家康について戦場へと赴いた。

大坂の陣においては、大坂方との和議の成立に尽力したと言われている。

寛永14年(1637年)死去。享年83。

 

徳川家康を描く物語には欠かせない女性の一人がこの阿茶局です。

あの家康がこれだけ愛でたのですから、相当魅力あふれる女性であったことは間違いないでしょう。外交にも活躍するなど、あらゆる意味で才能に溢れた女性であったと思われます。

そんな阿茶を演じるのが斉藤由貴さん。大河ドラマ出演は1995年の「八代将軍吉宗」以来、何と21年ぶり!

いやいや、我々の世代にとっては永遠のアイドルですね。ホントに可愛かったっす。ポニーテールの代名詞と言えば、誰が何といおうと斉藤由貴です!!

そして、スケバン刑事といえば南野陽子でも浅香唯でもなく、この斉藤由貴ですよ(あくまで個人的見解ですので・・w)。

そんな永遠のアイドル・斉藤由貴さんが腹黒いタヌキ親父・徳川家康の側室に・・(涙)。

天下人・家康に尽くす女性として描かれるのか、それとも天下人を尻に敷くほどの女傑として描かれるのか、とても楽しみですね。

服部半蔵(はっとりはんぞう)演:浜谷健司

はっとりはんぞう。半蔵は通称で、本名は服部正成(はっとりまさしげ)。天文十一年(1542年)三河国生まれ。

服部家の家督を継いだ後に徳川家康に仕え、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍との「姉川の戦い」や家康が武田信玄に惨敗した「三方が原の戦い」などで大いに武功をたてた。

天正十年(1582年)の「本能寺の変」により、堺に滞在していた家康が窮地に陥ると、家康の領国・三河への逃避行である「伊賀超え」を成功させる大功労者となる。家康はこの恩を生涯忘れることなく、この時家康を護衛した者らを伊賀同心、甲賀同心として後に徳川幕府に取り立てている。

天正十八年(1590年)の北条家を滅亡させた「小田原征伐」でも戦功を挙げ、遠江に8000石を与えられる。その時に伊賀同心も半蔵の配下となり、さらに伊賀忍者を統率するようになったとも言われている。

慶長元年(1596年)死去。享年55。

尚、江戸城の「半蔵門」の名の由来は、半蔵の住む屋敷がこの門のすぐ前にあった事から名付けられた。

 

来ました、千葉真一「影の軍団」でお馴染みの服部半蔵(笑)。

しかし、実際の半蔵は伊賀・甲賀の忍びを統率する武将であり、彼自身が忍者という訳ではないらしいです。伊賀国が父祖の出身地という縁で忍びの頭領を任せられていたといいます。つまり、半蔵自身が千葉ちゃんのように黒装束で大名屋敷に忍び込んで悪い連中をバッタバッタと暗殺してたわけではないです(笑)。

真田家を主役にした作品には、ほとんどと言っていいほどこの半蔵が悪役として出演しますが、まあ徳川忍びの頭領というポジション上、致し方ないでしょうね。真田にも忍び(素っ破)は沢山いたと言われていますし、忍び同士の影の戦いも真田物の真骨頂と言ってもいい部分です。

この「真田丸」での真田忍びは頭領格に信濃の国衆でもある出浦昌相。そしてそれに仕える佐助。演じるのは寺島進と藤井隆。

対する徳川忍びを束ねる服部半蔵を演じるのが浜谷健司。

え?誰やねん?漫才コンビハマカーンの「下種の極み!!!」のキメ台詞で有名な立ち位置向かって左の体の大きい芸人さんです。ちなみに立ち位置向かって右の眼鏡をかけてる方が神田うのさんの弟さんの神田伸一郎さんです。

真田素っ破の佐助と同じく徳川忍びもお笑い枠ですね。お笑い縛りでもあるのでしょうか(笑)。しかし、楽しみですね。浜谷さんの演技。まだ見たことないので未知数ですが、それだけに期待も膨らみます。漫才の感じ見てる限りは俳優さんのスキルはかなり高そうな気がしますが、どうでしょう。

服部半蔵のこれまでのイメージを覆す、リアルな服部半蔵を作り上げてくれることを期待しましょう。

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