大河ドラマで石坂浩二が演じた主役から脇役、悪役キャラ 主人公回数歴代2位の名優の歴史

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時代劇

1983年「徳川家康」 納屋蕉庵(竹之内波太郎)

久々に石坂さんが大河ドラマで主演以外を演じたのがこの滝田栄さん主演の「徳川家康」。石坂浩二さんが演じたのは三河郷士の竹之内波太郎、後に納屋蕉庵と名を改め、商都・堺で豪商としての地位を築いた、物語における重要人物です。

実はこの納屋蕉庵という人物、ドラマにおける架空の登場人物であって実在した人物ではありません。石坂さんの大河ドラマにおけるキャリアにおいて、架空の人物を演じたのはこの「徳川家康」のみとなっています。その意味では非常にレアな大河ドラマだといってもいいのかもしれませんね。

1984年「宮本武蔵」 本阿弥光悦

本来この1984年の「宮本武蔵」は大河ドラマ枠ではなく新大型時代劇枠のため、ここに含めるかどうか迷いましたが、新大型時代劇枠のドラマ自体が準大河ドラマ扱いとなっているため、ここに含めることとします。

ハッキリ言って新大型時代劇で放送された3作品はどれも素晴らしい作品ばかりなのですが、この「宮本武蔵」もまた然り。

江戸初期を代表する文化人である本阿弥光悦を演じた石坂浩二さんは殺伐とした剣に生きた男たちの世界観の中で異質ともいえる輝きを放ち、素晴らしいアクセントになっていました。

見たことのない大河ドラマファンにはお勧めします。このドラマ本当に面白いですよ。

1995年「八代将軍吉宗」 間部詮房役

「徳川家康」の納屋蕉庵役から間が空くことなんと12年。干支が一周して再び石坂浩二が大河に帰ってきて平成以降初の大河ドラマお目見えとなったのが「八代将軍吉宗」。吉宗の政敵ともいえる間部詮房(まなべあきふさ)を演じました。

新井白石とともに「正徳の治」と呼ばれる一時代を築いた江戸中期の大物政治家ですが、知名度はイマイチだった間部詮房もこのドラマで石坂浩二さんが演じたことによって多くの視聴者にその存在を知らしめることとなったといってもいいでしょう。

ちなみにこの八代将軍吉宗の主人公、徳川吉宗を演じたのが石坂さんと同じく「ミスター大河ドラマ」ともいうべき西田敏行さん。まさに大河ファンにとっては夢の競演といってもいいドラマなのです。

1999年「元禄繚乱」 吉良義央(上野介)役

「赤穂浪士」「元禄太平記」「峠の群像」に続く、忠臣蔵事件を描いた4作目の大河ドラマで石坂浩二さんが演じたのが吉良義央役。赤穂浪士不倶戴天の敵である吉良上野介役。バリバリの敵役、まさにこのドラマにおけるラスボス役です。

このキャスト発表があった時には個人的に凄く驚きましたね。あの兵ちゃん(石坂浩二さんの愛称)が吉良上野介役かあ・・ってのが正直な感想でしたね。恐らくそう思った視聴者もたくさんいたのではないでしょうか。だって石坂さんといえばそのルックスも万年青年といっていい若々しさを保っていた俳優さんでしたからね。

しかしさすがは石坂浩二でした。やはり最高の俳優が演じたのは最高のラスボス・吉良上野介でしたね。

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2004年「新選組!」 佐久間象山役

最高のラスボスを演じた後に石坂さんが演じたのは、幕末最高の頭脳を持つといわれた軍学者・佐久間象山。あの勝海舟の師でもあり、坂本龍馬にもその思想に大きな影響を与えた偉人です。

素晴らしかったですね。まさに異端の天才を見事に演じていました。まだ親善組結成前の主人公・近藤勇に説いたあの言葉、あれは本当の意味での名言でしょう。あまりに素晴らしいのでここに全文ご紹介しておきます。

人は生まれてから最初の10年は、己の事だけを考える。

そして次の10年は家族の事を考える。

20歳になってからの10年は、生まれた国の事を考える。

そして30になったら日本の事を考える。

40になったら世界の事を考える。

今は多摩のことだけを考えていればよろしい。ただし10年後に日本の事を考えなければならなくなった時に正しい判断が出来るように、今から勉強せよ

このドラマにおける佐久間象山は登場回数的には数回程度のものでしたが、非常に印象深い役でしたね。こういったエキセントリックな天才もやはり石坂さんにはハマり役でしたね。三谷幸喜作品との親和性もやっぱり素晴らしかったです。

2011年「江~姫たちの戦国~」 千利休(宗易)役

現時点(2019年)において石坂浩二さんの最後の大河出演作となっているのがこの「江~姫たちの戦国~」です。

このドラマにおいて石坂浩二さんが演じたのが、織田信長、豊臣秀吉に仕えた天下一の茶人・千利休。今までも数多くの名優が演じてきた役ですね。

この役に当たっての石坂さんはカツラの着用ではなく実際に剃髪して千利休役に臨んだという気合の入れよう。当然素晴らしい千利休となりました。

ぶっちゃけ、作品としてはどうかと思うこのドラマですが、石坂浩二さんは地に足がついていて出てくるだけでホッと出来たのをハッキリと覚えていますね(苦笑)。

大河ドラマで石坂浩二が演じた石坂浩二日本史年表

と、ここまでご紹介した役を念頭に置いて次なる年表をご覧になってください。石坂さんの大河ドラマでの役名を石坂浩二と変換してあります。どの石坂さんがどの人物のことなのかわかるでしょうか。

西暦年 歴史上の出来事
1160年(永暦元年) 石坂浩二、伊豆に流刑となる
1180年(治承四年) 石坂浩二、平家追討の兵を挙げる
1192年(建久三年) 石坂浩二、征夷大将軍に任ぜられる
1561年(永禄四年) 石坂浩二、第四次川中島の戦いで武田信玄と死闘を繰り広げる
1591年(天正十九年) 石坂浩二、茶頭を務めた豊臣秀吉の逆鱗に触れ、京都で切腹して生涯を終える。秀吉と石坂浩二の確執の原因が秀吉子飼いの石坂浩二の讒言によるものとの説も有る
1600年(慶長五年) 石坂浩二、関ヶ原の戦いで徳川家康率いる東軍に敗れ、後に捕らえられて京都六条河原で斬首
1615年(元和元年) 石坂浩二、徳川家康から鷹峯の地を拝領して移住する
1701年(元禄十四年) 石坂浩二、江戸城松の廊下にて浅野内匠頭から斬りつけられ、背中と額に傷を負う
1702年(元禄十五年) 石坂浩二、吉良邸にて赤穂浪士の討ち入りによって首を討たれる
1709年(宝永六年) 石坂浩二、徳川綱吉の死去によって新井白石らに権勢を奪われ、隠居を余儀なくされる
1716年(享保元年) 石坂浩二、新井白石とともに幕府内での権勢を誇ったが八代将軍吉宗の就任によって失脚
1864年(元治元年) 石坂浩二、幕末四大人斬りの河上彦斎によって京都で暗殺される

うーん、こうして見てみると石坂さんが演じた偉人は、晩年は不遇を囲った人、或いは悲劇的な最期を遂げた人物がかなり多かったのだと改めて思いますね。年表に直してみると結構悲惨だったりします(爆汗)。

こんな石坂浩二さんの次の大河ドラマ出演はどの作品になるのでしょうか。2018年の「西郷どん」か、2019年の宮藤官九郎脚本の「いだてん~東京オリムピック噺~」か、それともその後の作品なのか?

ともかく大河ドラマと石坂浩二さんは切っても切り離せないものだと思います。1日も早い大河ドラマへの帰還を願いたいですね。

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