日本プロ野球(NPB)の歴史的強力打線 ダイナマイトや水爆、流線型、ミサイル、400フィート、メガトン打線まで

戦前に現在の日本野球機構(NPB)の前身である日本職業野球連盟により始まった日本プロ野球。80年以上の歴史を誇るプロ野球史においては様々な歴史が紡がれて来ました。

ここでは、そんな日本プロ野球史の中でも「○○打線」と冠され、多くのファンに語り継がれる事となっている超強力打線の数々をご紹介したいと思います。

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1949年大阪タイガース「ダイナマイト打線」藤村富美男や別当薫、土井垣武…

まずご紹介するのが、1リーグ制最後のシーズンとなった1949年(昭和24年)の大阪タイガース(現:阪神タイガース)が誇った「ダイナマイト打線」です。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
後藤次男 .300 10 49 29
金田正泰 .302 10 63 21
別当薫 .322 39 126 13
藤村富美男 .332 46 142 12 ホームラン、打点、最多安打、MVP
土井垣武 .328 16 86
本堂保次 .302 40
安居玉一 .281 59 12
長谷川善三 .219 30  

元祖「ミスタータイガース」の藤村富美男がホームラン、打点の二冠とシーズン最高殊勲選手(MVP)に輝き、さらに別当薫、土井垣武との強力クリーンナップが火を噴いたものの、チームとしては優勝した読売ジャイアンツに20ゲーム差以上をつけられて8球団中6位に終わったこのシーズン。来年こそと思われた翌年には二リーグ分裂にともなうパ・リーグからの選手引き抜きによってこの中で来季もタイガースに残ったのは後藤、金田、藤村、安居の4選手のみとなってしまいました。というわけで、引き抜きによる打線崩壊によってダイナマイト打線と呼ばれたのもこのシーズンが最後となってしまったのです。

引き抜きによって弱体化したタイガースに残留して阪神を引っ張った藤村富美男さんがミスタータイガースと呼ばれるのは当然ですよね。

1950年松竹ロビンス「水爆打線」プロ野球打点記録の小鶴誠らでセ・リーグ勝利&得点記録も

アメリカが当時開発していたといわれていた最新兵器からその名が付けられたという「水爆打線」。今では何かと問題になりそうな名前ではありますが、良くも悪くもその凄さは伝わってきますよね。プロ野球誕生期にその名を刻みながら、消滅球団として今では伝説となった松竹ロビンスの消滅3年前、セ・パ両リーグに別れて行われたペナントレースの記念すべき初年度に現れた伝説の超強力打線です。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
金山次郎 .311 67 74 盗塁王 
三村勲 .265 16 72 13
小鶴誠 .355 51 161 28 ホームラン、打点、MVP
岩本義行 .319 39 127 34
大岡虎雄 .281 34 109
木村勉 .292 37 14
荒川昇治 .281 59 12
宮崎仁郎  .273 58  17

凄いですね。特に揃って30本・100打点以上をマークした小鶴、岩本、大岡のクリーンアップは破壊力抜群です。リードオフマンを務めた金山の74盗塁という数字も圧倒的ですね。なお、四番を打った岩本義行さんのお孫さんは女優の遠野舞子さんなのです、知らない人のため(笑)。

この水爆打線の中軸を担った小鶴誠さんが記録した161打点は70年近く経った現在でも破られていない不滅の日本プロ野球記録(NPBレコード)です。その他でもこの年に記録した143得点と376塁打も同じく日本プロ野球記録となっています。

なおこの年に水爆打線を擁したこの松竹ロビンスが記録したシーズン98勝と、シーズン908得点というのもこれまた70年近く破られていないアンタッチャブルな日本プロ野球記録となっています。何から何まで記録づくめの1950年の松竹ロビンスだったのです。

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1957年西鉄ライオンズ「流線形打線」怪童・中西太に青バットの大下弘も

昭和30年代前半、魔術師と呼ばれた名将・三原修の下で黄金時代を築いた西鉄ライオンズ。“野武士軍団”と呼ばれた個性派集団の強打者たちを形容する名が「流線型打線」でした。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
高倉照幸 .279 11 39 17
豊田泰光 .287 18 59 24
中西太 .317 24 110 15 打点、MVP
大下弘 .306 55
関口清治 .300 12 65
河野昭修 .247 28
仰木彬 .256 23
和田博実  .214 35 

近代野球では常識として多くのチームが採用している、1・2番に長打も打てる強打者を配し、3・4・5番のクリーンナップに繋げて大量得点を得るという「流線型打線」。日本におけるそのパイオニアこそこの時代の西鉄ライオンズのこのオーダーだといわれています。魔術師・三原修が球界に残した多くの遺産のうちの一つでもあります。

普通のチームであれば中軸を打つ豊田泰光を二番に持ってくるというこの超攻撃的オーダーはまさに革命ともいえるものでした。4番打者最強論が当たり前だったこの時代、3番にチーム最強のスラッガーである怪童・中西太を持ってくるという「3番打者最強説」をいち早く取り入れてある部分も脱帽です。そして4番には“赤バット”川上哲治、“物干竿”藤村富美男と並ぶこの時代のプロ野球界のスーパースター、“青バット”の大下弘。下位打線には後に“いてまえ打線”を率いてこの時代の野武士集団のスピリットを平成へと伝えた名将・仰木彬の名も…まさに野武士に相応しい歴戦の強者揃いです。

1960年大毎オリオンズ「ミサイル打線」榎本喜八・山内和弘・田宮謙次郎…打率3位独占!

毎日から始まったオリオンズ時代から球団の打線名の伝統となっているのが「ミサイル打線」でしょう。「毎日ミサイル打線」や「ロッテミサイル打線」など異なる親会社の時代によって様々な歴代ミサイル打線ですが、中でも最も強力だったのはこの「大毎ミサイル打線」なのではないでしょうか。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
柳田利夫 .249 12 34 13
田宮謙次郎 .317 12 62 13
榎本喜八 .344 11 66 15 首位打者
山内和弘 .313 32 103 ホームラン、打点、MVP
葛城隆雄 .295 43
谷本稔 .265 43
坂本文次郎 .256 38
矢頭高雄  .227 40

3番には張本勲や野村克也、川上哲治といった錚々たるレジェンドが口を揃えて日本プロ野球界屈指の天才と認める天才バッターの榎本喜八と、プロ野球界屈指の内角打ちの名人として知られるスラッガー、山内和弘の3.4番コンビの絶頂期が重なったこの時期の打線は強力の一語に尽きるでしょう。

首位打者の榎本を頂点として、リーグ打率2位の田宮謙次郎、同3位の山内和弘と、この年のパシフィック・リーグの打率ランキングの上位3選手は大毎オリオンズの2番・3番・4番で占められました。この強力打線を武器として大毎オリオンズは西鉄ライオンズや南海ホークスといったライバルを打ち破ってリーグ優勝を果たしたのです。

なおこの年の監督はたった1年だけオリオンズの指揮を執った伝説の名将・西本幸雄氏。この後、阪急や近鉄を常勝球団へと導いていく監督です。

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1963年南海ホークス「400フィート打線」最強捕手・野村克也のキャリアハイ年

“親分”こと鶴岡一人監督の下で黄金期を築いた1950~60年代の南海ホークス。そんな南海黄金期の中でも最も打線が強力だったのがこの頃であり、その名は「400フィート打線」と形容されました。400フィートは約122m。当時の日本では確実にホームランとなる飛距離であり、その打線の誇る長打力からこう名付けられたというわけです。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
樋口正蔵 .313 33
広瀬叔功 .299 14 60 45 盗塁王
B・ピート .241 24 69
野村克也 .291 52 135 ホームラン、打点、MVP
K・ハドリ .295 30 84
井上登 .257 14 39
小池兼司 .238 22 65 20
森下整鎮  .216 23

戦後初の三冠王に輝いたNPB史上最強捕手である野村克也が三冠王となったのはこの2年後の1965年でしたが、ホームラン数、打点数におけるキャリアハイはこの1963年(昭和38年)でした。キャッチャーというポジションで52本塁打、135打点は脅威以外の何物でもありません。まさにレジェンドです。

世界の盗塁王・福本豊に次ぐ日本プロ野球歴代2位となる通算596盗塁、盗塁成功率はNPB歴代1位を誇る“チョロ”広瀬叔功に加え、“ハッスルおじさん”バディ・ピート、“ケンちゃん”ケント・ハドリの両助っ人外国人選手、さらに当時はリーグ屈指の強打のショートストップ、小池兼司らを揃えた打線は切れ目がなくどこからでもホームランが打てる、まさに当時の投手から恐れられた打線でした。

この年の南海は、チーム打率、ホームラン、得点数でリーグトップだったにも拘らず、絶対的エースを欠く低調な投手力でリーグ優勝を逃すのですからやはり野球は打力だけではないという事ですね。

1964年大洋ホエールズ「メガトン打線」天秤打法の近藤和彦を2番に据える攻撃オーダー

“魔術師”三原修監督が率いた大洋ホエールズは、それまでの貧打が嘘のような強力打線に生まれ変わり、「メガトン打線」と呼ばれるリーグ屈指の強力打線へと変貌しました。その打線強化が最も花開いたのがこの1964年でしょう。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
重松省三 .296 15 50
近藤和彦 .273 35
M・クレスニック .266 36 89
桑田武 .299 27 96
長田幸雄 .297 45
森徹 .255 15 54
近藤昭仁 .266 28 20
伊藤勲  .217 13 51

2番に強打者を入れるという「流線型打線」の生みの親ともいわれる三原修監督らしく、この大洋の「メガトン打線」でも2番に安打製造機との異名を取る程の好打者、“天秤打法”の近藤和彦を配する超攻撃的オーダーとなっています。

3番の助っ人外国人、クレスニックは自己最高の成績を収め、1年目から大洋の主軸を務めていた主砲・桑田武も安定した成績を残していますね。斬り込み隊長の重松省三、そして下位打線の森徹と伊藤勲という意外性の一発を打つ長打を秘めた打者を効果的に並べて相手投手が息を抜けない打線となっています。

 

なお、その他の各時代における名物打線については以下の記事をご覧ください。

日本プロ野球歴史上最強打線 昭和編②

日本プロ野球(NPB)史上最強打線・平成編

日本プロ野球の強打チーム21世紀編

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