日本プロ野球(NPB)史上最強打線・平成編 ブルーサンダー、ビッグバン、マシンガン、恐竜(星野監督時代)

80年以上を誇る日本プロ野球史の中でも歴史に残る、その時代における強打、猛打の打線。その中でも愛称をつけて語り継がれているものをここではご紹介します。

この記事では時代が昭和から平成へと変わった、1989年の「ブルーサンダー打線」から。

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1989年オリックスブレーブス「ブルーサンダー打線」門田博光が加入

1988年はプロ野球、特にパ・リーグにとって激動の年でした。1リーグ時代から存在した阪急ブレーブスと南海ホークスという、ともに関西の私鉄会社を親会社に持つ名門チームが身売りした事でその歴史に幕を閉じたシーズンとなったのです。そして新たに誕生したのがオリックスとダイエーなのですが、そのオリックスの強力打線「ブルーサンダー打線」が生まれた年ともなったのでした。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
松永浩美 .309 17 60 14
福良淳一 .259 47
ブーマー・W .322 40 124  首位打者、打点
DH 門田博光 .305 33 93
石嶺和彦 .277 20 77
藤井康雄 .292 90
本西厚博 .302 33
中嶋聡 .234 26
小川博文  .247 5  32

前年までの阪急時代も凄い打線だったのですが、同じく身売りした南海ホークスから移籍してきた不惑の大ベテラン、門田博光選手の加入によって一気に破壊力満点の超強力打線へと昇華しました。

1984年には三冠王にも輝いた球団史上最強助っ人のブーマー・ウェルズを3番、不惑の大打者・門田を4番、そして生え抜きの大砲で内角打ちの名人と言われた石嶺和彦が5番、これまた生え抜きの左の大砲・藤井康雄が6番という破壊力。そして当時はトリプルスリーに最も近いといわれたオールラウンダーの松永浩美がトップバッターで控えるという超豪華な打線となっています。

ちなみにこの年のパ・リーグはこのブルーサンダー打線のオリックスと、秋山幸二・清原和博のAK砲を擁した西武ライオンズ、ラルフ・ブライアントを中心とした「いてまえ打線」の近鉄バファローズの歴史に残る三つ巴の優勝争いとなり、結果、近鉄が優勝。しかしオリックスと近鉄のゲーム差は無し(ゲーム差0)、まさに記録にも記憶にも残る大激戦でした。

1994年近鉄バファローズ「いてまえ打線(鈴木監督期)」ブライアント&石井の3・4番コンビ

時代によってメンバーが違いながらも伝統的に近鉄に受け継がれていた「いてまえ打線」。現時点で最後の300勝投手となっている生え抜きエースの鈴木啓示監督時代の1994年も破壊力満点でしたね。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
大島公一 .285 29
水口栄二 .272 43
DH R・ブライアント .293 35 106 ホームラン
石井浩郎 .316 33 111 打点
鈴木貴久 .263 19 73
L・スティーブンス .288 20 66
金村義明 .299 28
光山英和 .243 20
中根仁  .291 10 42 12 

すっかりいてまえ打線の顔ともなったラルフ・ブライアント&石井浩郎の3・4番コンビも3年目を迎え、後にメジャーリーグで大活躍を果たす事となった逆輸入助っ人のスティーブンスが加わった90年代のいてまえ打線は成熟期といってもいい時代を迎えていましたね。

ただし、石井浩郎がキャリアハイの成績を残した一方、翌年は石井がケガで離脱してブライアントも極端な打撃不振と故障でその年限りの退団となるなど、1995年にはいてまえ打線は見る影もない程の貧打に泣かされる事となったのです。

この窮地を救って新たないてまえの後継者となるのが、この1994年の後半から金村に代わってレギュラーに定着し、サイクルヒットも記録した弱冠21歳の中村紀洋だったのですが、ニューいてまえの完成形はまだもう少し先のお話となります。

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1996年中日ドラゴンズ「強竜打線(星野仙一監督期)」大豊&山崎武司恐怖の下位打線

2期・11年にわたって中日ドラゴンズの監督を務め、数々の名選手を育て上げた闘将・星野仙一。そんな星野監督在籍時の最強の「強竜打線」を挙げろといわれれば、わたしは1996年のこの打線を選びます。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
D・コールズ .302 29 79
鳥越裕介 .276 17
立浪和義 .323 10 62
A・パウエル .340 14 67 最多安打、首位打者
音重鎮 .265 11 41
山崎武司 .322 39 107  ホームラン
大豊泰昭 .294 38 89
中村武司 .271 12 37
 

星野時代の強竜打線の中では、ゲーリー、落合、宇野がクリーンアップで並んだ1987年~88年辺りも捨てがたいのですが、打線の恐ろしさや破壊力でいえばやはりこの打線の方でしょう。

“ミスタードラゴンズ”立浪和義はまさに全盛期を迎え、4番を打つアロンゾ・パウエルも首位打者を獲得するなど、相変わらずの安定感を見せ、この年に獲得したダネル・コールズも大当たりの助っ人でした。2番の鳥越や5番の音も前後の強打者のつなぎとしてしっかり仕事を果たしていました。

かねてから4番候補と目されながら伸び悩んでいた山崎武司は一気にブレイクして松井秀喜との熾烈なホームラン王争いを制して本塁打王を獲得、大豊泰昭も山崎に1本差に迫る38ホーマーを放って、山崎武司とともに恐怖の下位打線を構成しました。

にしても…6番と7番が合わせて77本のホームランを打つ打線って…凄いですよね(笑)。ただし、盗塁二桁選手が一人もいないなど機動力は課題となった打線でもありました。

1996年広島東洋カープ「赤ヘル打線(三村監督期)」前田、江藤、金本、緒方、ロペス…

古葉監督下で昭和50年代に黄金期を迎えた「赤ヘル軍団」広島東洋カープでしたが、1980年代後半からしばらくは投手力を中心としたチームへとシフトしていました。そんな赤ヘル打線でしたが、若き才能が花開いて山本浩二・衣笠祥雄在籍時以上の破壊力ある打線へと生まれ変わりました。そんな第二期「赤ヘル打線」の全盛期がこの1996年時なのではないでしょうか。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
緒方孝市 .279 23 71 50 盗塁王
正田耕三 .235 35
野村謙二郎 .292 12 68
江藤智 .314 32 79 最高出塁率
前田智徳 .313 19 65
L・ロペス .312 25 109 打点
金本知憲 .300 27 72 18
西山秀二 .314 41

前田智徳、江藤智、金本知憲、緒方孝市…広島東洋カープの育成力の素晴らしさはこのメンバーを見れば一目瞭然でしょう。他の球団に行けば文句なしの4番候補がこれだけ揃っているのです。

に加えて、チームリーダーの野村謙二郎、勝負強い助っ人のルイス・ロペス、大ベテランの正田耕三、捕手でありながら規定打席に到達して3割を打った西山秀二、と9番の投手以外は全く隙の無い超強力打線が出来上がっています。

但しこれだけの超強力打線を擁しながらこの年の広島は優勝した巨人に6ゲーム差をつけられて3位に終わりました。絶対的エースのいなかった投手力がネックとなったのです。そしてこの年のドラフト2位指名を受けて一人の投手がカープに入団する事となりました。そう、その投手こそ後の名球界投手、広島のレジェンドとなる黒田博樹投手その人なのです。

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1999年横浜ベイスターズ「マシンガン打線」153打点ローズに名球界トリオら

権藤博監督の下、38年振りにペナントレースを制した横浜ベイスターズ。優勝の原動力は“ハマの大魔神”佐々木主浩と「マシンガン打線」といわれています。では最強打線はその1998年?いえいえ、実はその翌年のベイスの打線こそ大洋時代からの横浜史上最強打線なのです。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
石井琢朗 .292 58 39 盗塁王
波留敏夫 .298 15 70 21
鈴木尚典 .328 17 92
R・ローズ .369 37 153 最多安打、首位打者、打点
駒田徳広 .291 71
佐伯貴弘 .309 10 53
進藤達哉 .286 14 42
谷繁元信 .295 11 50

とにかく真っ先に目が行くのが4番のロバート・ローズ。勝負強さに定評があるスラッガーですが、この年の153打点は異次元の数字という他ありません。この1999年の前後、1998年と2000年のセ・リーグ打点王は共に巨人の松井秀喜だったのですが、その打点数が100、108だったのですからこの153打点の凄さがお分かりいただけるはずです。当然ながら横浜史上最強助っ人外国人といわれたローズの8年間におけるNPB生活の中でもキャリアハイの年となりました。

“盗塁王”の石井琢朗と2番・波留敏夫の機動力に“安打製造機”の3番鈴木尚典の確実性、そして5番駒田徳広の勝負強さ…に加えて6番には左打者の佐伯貴弘と右の中根仁のツープラトン、7番の進藤と8番・谷繁も3割近い打率に本塁打も2桁という確実性と一発を秘めた、まさにマシンガンの如きたたみかけるような打線となっています。

なお、このスタメンには石井琢朗、駒田徳広、谷繁元信という3人の名球界メンバー(2000本安打以上)が揃っています。凄いわけですね。

2000年日本ハムファイターズ「ビッグバン打線」小笠原道大が最強の2番打者に

日本ハムファイターズの打線を現す言葉として1998年から定着したのが「ビッグバン打線」。この名前、ファンや評論家からの自然発生ではなく球団公募でつけられた、れっきとした公式の愛称だというところが面白いですよね。そんなビッグバンの中でも最強なのがこの2000年の打線でしょう。

打順 守備 選手名 打率 本塁打 打点 盗塁 獲得タイトル等
井出竜也 .267 13 56 14
小笠原道大 .329 31 102 24 最多安打
片岡篤史 .291 21 97
S・オバンドー .332 30 101
島田一輝 .265 46
DH N・ウイルソン .294 37 89
田中幸雄 .256 15 46
野口寿浩 .298 76
金子誠  .231 31 12 

小笠原道大、シャーマン・オバンドー、ナイジェル・ウィルソンという30ホーマーカルテットに加え、チームの象徴ともいえる生え抜きで抜群の勝負強さを誇る片岡篤史とベテランの“コユキ”こと田中幸雄、攻守の井出竜也や金子誠など、日ハムの90年代~00年代を彩った名選手が揃って融合していたのがこの2000年のビッグバン打線なのです。

オバンドーとウィルソンと助っ人が充実していたのも大きいですが、やはりこの年の最大の収穫は“ガッツ”と呼ばれた小笠原道大の大ブレイクでしょう。.329、31本102打点の打者が2番に座っているのですからたまったものではありません。まさに最恐の2番打者です。この後球界を代表する打者となり、名球界入りを果たした道のりはファンならよくご存じの事でしょう。

個人的には2006年の新庄剛志や稲葉篤紀、セギノール加入時のビッグバン打線とこの2000年版とで迷ったのですが、日ハム生え抜き選手の多さからこちらを選ばせてもらいました。

 

なお、その他の各時代における名物打線については以下の記事をご覧ください。

日本プロ野球歴史上最強打線 昭和編➀

日本プロ野球歴史上最強打線 昭和編②

日本プロ野球の強打チーム21世紀編

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