日ハムの大谷翔平ドラフト強行指名はメジャー流出から日本プロ野球界の宝を救い出す大ファインプレー

史上空前と言われているほど豊作と言われている2016年のドラフト会議(新人選手選択会議)。

アマチュア球界の注目選手がどの球団に指名されるのかという話題は、プロ野球界にとってこの時期の風物詩といえるものともなっています。

そして、毎年のように大器と騒がれ入団した選手の中にも当然成功してスターとなる選手、成功できずにひっそりとユニフォームを脱ぐ選手、悲喜こもごもの人生を歩んでいきます。

そして今最もプロ野球界で成功している選手であり、スーパースターの階段を確実に上がっている男こそ、日本ハムの大谷翔平選手なのです。

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元ベイスターズ監督・中畑清氏のドラフト制度改革への提言

先日、このようなニュースを見つけました。前DeNAベイスターズの監督で、現野球評論家の中畑清氏のドラフトに対する提言です。

【キヨシスタイル】大谷一本釣り…再発防止へ明確なドラフト制度の確立を

2012年のドラフト会議で日本ハムに指名された大谷翔平選手の例を出してのドラフト制度に対する改革提案ですね。

中畑清氏のドラフトに対する改革への提言は概ね同意ですね。メジャー志望という行為を隠れ蓑に使って指名競合を避けようという策を弄する選手や球団がこれから出てくる可能性は確かに否定できません。

中畑氏もこの記事の中で、日ハムや大谷選手を批判しているわけではないし、交渉過程から裏取引なども無かっただろうと断言していますが、これからはこの事例をモデルとして良からぬことを企む球団が出てくることを危惧し、球界に対策を求めているという事です。

メジャー希望の花巻東高校の大谷翔平を果敢に強行指名した日本ハム

ではここで2012年のドラフト会議前後における大谷翔平選手の北海道日本ハムファイターズ指名から入団への経緯を簡単にご説明しておきましょう。

花巻東高校のエースとして甲子園にも出場し、MAX160km/hrを誇る剛腕、大谷翔平投手は、「みちのくのダルビッシュ」と呼ばれ、2012年のドラフト会議の目玉選手と早くから注目を集める存在でした。

しかしドラフト前から大谷選手のメジャー志向の強さは各球団やマスコミの間で根強く囁かれていました。日本を代表する高校生投手にはメジャーの各球団も注目しており、ボストン・レッドソックスやロスアンゼルス・ドジャース、テキサス・レンジャーズなどが大谷本人と面談を行い、大谷選手は大きくメジャー行きに傾きます。

そしてドラフト会議を4日後に控えた2012年の10月21日にメジャー挑戦を正式に表明します。これによって日本の各球団は軒並み大谷獲得レースからの撤退を余儀なくされます。

しかしそんな中、10月23日には北海道日本ハムファイターズの山田GM(ゼネラルマネージャー)が大谷翔平の1位指名をすると宣言。栗山英樹監督もハッキリと指名すると明言します。

そして25日のドラフト会議で日本ハムは公約通りに大谷翔平を1位指名。他球団は大谷指名を回避したため、日本ハムがくじ引き無しの単独指名で交渉権を獲得したのです。

日本ハムからの指名を受けた大谷翔平選手は指名後の会見では「指名はありがたいですが気持ちは変わりません」と話し、翌日の26日に日本ハムの山田GMが指名あいさつに訪れましたが、日ハム側は大谷翔平選手に会う事すらできませんでした。誰もが厳しいと思わざるを得ない初接触となったのです。

そんな日本ハムにとっての嫌な流れが一気に変わったのが2度目の訪問。ここで直接日本ハム関係者と面談した大谷選手は態度が軟化したといわれており、3度目の交渉では栗山監督も交渉に同席。これがほぼ決定打となったのです。

栗山監督をはじめとする日ハム側は、打者と投手、どちらの才能も超高校級といわれていた大谷選手に対し、どちらかに絞るのではなく、当面は投手と打者の二刀流として育成していくプランを提示。さらに将来のメジャーへの道筋も提示し、なるべく若い時期にメジャー挑戦を果たしたいという大谷選手の意思を尊重したプランを示したと言われています。新卒選手としてメジャーにいく事の困難さやマイナーリーグでの環境など、詳細な資料は30ページにも渡るものであったと言われています。

この日本ハムのプレゼンによって大谷翔平選手の気持ちは一転日本ハム入りに大きく傾き、12月11日に正式に日本ハムと契約し、入団が決まったのです。

漫画・アニメの主人公のような規格外の大谷翔平 あのレジェンドたちを超える

プロ入り後の華々しい活躍は皆さんよくご存じの通りでしょう。

投手としては、1年目からいきなり3勝を挙げて2年目には2ケタ勝利を達成。3年目には15勝で最多勝と最優秀防御率、最高勝率のタイトルを獲得。4年目の今年も規定投球回数には達しませんでしたが、3年連続の2ケタ勝利で防御率は驚異の1点台という活躍でした。

打者としても、2年目には2桁本塁打を記録し、4年目の今年は大飛躍、規定打席不足ながら打率.322、ホームラン22本と、完全に日本ハムの主力打者として日ハムのリーグ優勝に貢献しました。

2016年に達成した「10勝・100安打・20本塁打」は日本プロ野球史上初の快挙となります。

二刀流の選手なんていないんだから当たり前と言われるかもしれませんが、昔は二刀流選手は珍しくはありませんでした。超一流選手の中でも、「打撃の神様」川上哲治氏や「初代ミスタータイガース」の藤村富美男氏、「初代ミスタードラゴンズ」の西沢道夫氏などは高いレベルで二刀流をこなした名選手でした。

そんな偉大なレジェンドたちでさえ成し遂げる事の出来なかった偉業を、プロ入り4年目の22歳の選手が軽々と乗り越えてしまったのです。

投げては快刀乱麻のピッチング、打ってはクリーンナップで決勝打。まさに漫画・アニメの世界です。しかしそんな誰も出来なかったことを簡単にやってのけるのがこの大谷翔平なのです。

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日ハムの強行指名が無ければ二刀流・大谷翔平は誕生していなかった

大谷翔平を投手、野手の二刀流として育てる事を日本ハムが選択した時、その決断にはファンやプロ野球OBからも反対の声が続出しました。多くの人は「無理だ。出来るわけがない」と思ったことでしょう。

恐らく日本ハム以外の球団に入団していたら投手か野手のどちらかに専念させられていたでしょう。それは間違いないと思います。

大谷翔平にとってもプロ野球ファンにとっても大谷翔平という選手が日本ハムという球団に入団できたことをもっと感謝しなくてはいけませんね。

日本ハムが指名を回避して大谷翔平がメジャーに挑戦していたら、間違いなく二刀流・大谷翔平は誕生していませんでした。

日本プロ野球界の大スターをスーパースターへと育て上げた日本ハムは、日本プロ野球界の危機を救ったと言っても過言ではないのです。

桑田真澄氏と大谷翔平選手とのドラフト指名に関する大きな違いとは?

中畑清氏の言うように、今後の事を考えればメジャー挑戦という選択肢を明らかにした選手に対しては、ドラフト制度において何らかの対策を打つべきだという考えには概ね同意します。

しかし、一点だけ中畑氏のコメントで引っ掛かるのは、PL学園在籍時の桑田真澄選手の巨人入りを引き合いに出している事です。

ハッキリ言って桑田氏の場合と大谷選手の場合は状況が全く違うと思いますね。

桑田氏の場合は早稲田大学への進学を明言しており、巨人も桑田指名はドラフト会場で桑田の名が読み上げられるまで全く明言していませんでした。蓋を開けてビックリ、ノーマークの超高校級選手の一本釣り、まさに青天の霹靂というやつでした。まあ、だからこそあの昭和60年のKKドラフトが語り草になっているのですが(苦笑

しかし大谷選手の場合は日本ハムは事前に指名すると公言していました。他の球団も大谷を取られたくなければ指名すればよかっただけの話なのです。日本ハムがどれだけの勝算をもって指名したのかはわかりませんが、例え入団確率が5分5分だとしても、二分の一の確率で1位指名を捨てても指名する価値のある選手だと考えて賭けたのですから。そして見事にその賭けに勝ったという事なのです。

他球団は失敗(入団拒否)を恐れて指名を回避したのですから、これに関しては日本ハムの決断を素直に褒めたたえるべきだと思いますね。

少なくとも桑田選手の例を出して比較するのは大谷選手にも日ハムにもちょっと可哀そうですよね。

そして怪物は海の向こうのメジャーを目指す?

プロ入り4年目にして、プロ野球の歴史80年で誰も成し遂げられなかった大記録を達成した大谷翔平選手。

これからどれだけ記録を伸ばしていくのか?まさに日本プロ野球界に前例のない選手へと成長していく事は間違いないでしょう。

しかしこの日本プロ野球界の至宝ともいえる選手は、だからこそ次は間違いなく海を渡った先のアメリカを目指す事もほぼ間違いないのだと思います。

しかし、この選手がメジャーでどれだけ通用するのかを見てみたいと思う気持ちもいちプロ野球ファンとしては非常に強いのも確かです。

あと何年NPBでプレーするのかはわかりませんが、この歴史に残る大選手を今のうちに目に焼き付けておきたいですよね。

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