日本プロ野球歴代の二枚目・男前選手達(昭和50~60年代編) 阪神最強1番打者や広島カープの盗塁王、奪三振王など

どのスポーツにも必ずといっていいほどイケメン選手はいますよね。イケメン選手はそれだけで大きく取り上げられ、そのスポーツにおける広告塔のような役割を果たすこともしばしばです。

日本の国技といってもいい野球もこれまで数多くの二枚目選手を生み出してきたスポーツです。特にプロ野球においてはルックスの良い選手の存在が幾多の女性プロ野球ファン獲得に大きく後見してきました。

そこでここでは、昭和60年代から平成への時代の節目に活躍した二枚目・男前といわれたプロ野球選手たちをご紹介したいと思います。最初に断っておきますが、チョイスした選手はある程度1軍で活躍したそれなりの知名度のある選手に限らせて頂きました。あと、あくまでわたしの独断と偏見ですので異論がある方はご容赦ください(汗)。ちなみに、ここでご紹介する選手はイケメンというよりも二枚目・男前というイメージのある選手です。イケメンとどう違うのかというのはあくまで私の主観になりますので悪しからず(爆汗)

ちなみに同時代のイケメン選手についてはこちらの記事をご覧ください。

プロ野球史のイケメン選手1980年代編

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高橋慶彦(たかはしよしひこ/広島、ロッテ、阪神)

名  前:高橋慶彦(たかはしよしひこ)
出  身:北海道芦別市
生年月日:1957年(昭和32年)3月13日
身  長:176㎝
投球打撃:右投げ両打ち
出身校 :城西大学付属城西高校
プロ入り:1974年ドラフト3位→広島

NPB通算成績
1826安打163本塁打477盗塁

主なタイトル
盗塁王:3回

近年「カープ女子」なる社会現象さえ巻き起こしている大人気球団、広島東洋カープ。しかし、1980年代にカープファンの女子たちの熱い視線を一身に浴びたのがこの高橋慶彦選手です。

鍛え抜かれたフィジカルの賜物である攻走守揃ったスピードとパワー、技術を兼ね備えた近代野球の申し子ともいえるプレースタイルに加え、端正な中にどこかワルガキっぽさや不良っぽさを湛えた甘いマスクと、強気で奔放な言動で、プロ野球界きってのプレーボーイと呼ばれた人気スター選手です。芸能人ら数多くの女性と浮名を流したその存在は、当時セ・リーグでも地味な選手の多かった広島カープの中では異彩を放っていましたね。

近年はコーチ、評論家としても活躍している高橋慶彦さんですが、2013年公開の映画「ダイヤモンド」で主演したことでも話題となりました。尚、髙橋慶彦さんの演技は・・有吉反省会に演技がひどすぎて反省しに行ったことからもお察しください(笑)。

個人的には華も実もある凄く好きな選手でしたね。ハッキリ言って広島カープのレジェンドと呼んでもいい程の名選手です。未だに破られていない33試合連続ヒットの日本記録は永遠に破られる事のないであろう偉大な記録です。40代以上のプロ野球ファンにとっては忘れられない選手ですね。女性人気も高かったですが、男性ファンからもカリスマ視されていた大選手ですね。

蓑田浩二(みのだこうじ/阪急、巨人)

名  前:蓑田浩二(みのだこうじ)
出  身:広島県廿日市市
生年月日:1952年(昭和27年)3月11日
身  長:174㎝
投球打撃:右投げ右打ち
出身校 :広島県立大竹高校
プロ入り:1975年ドラフト2位→阪急

NPB通算成績
1286安打204本塁打250盗塁

主要タイトルの履歴こそないものの、1984年(昭和59年)には、当時で実に30年ぶり4人目となったトリプル3(3割・30ホーマー・30盗塁)を達成した、攻走守全てに超一流だった名選手がこの蓑田浩二選手です。ソフトバンクの柳田悠岐選手とヤクルトの山田哲人選手が2015年に同時に達成して同年の流行語大賞にまでなったトリプル3の先駆けともいえる存在です。

その玄人受けするプレースタイルとは裏腹に、ルックスの方はとにかく二枚目という言葉がピッタリ。いや、男前といった方がしっくりくるでしょうか。どちらにせよ、「イケメン」というよりも二枚目・男前という言葉がピッタリでした。目鼻立ちのハッキリしたパーツに苦み走ったその表情、まさに「ニヒル」な二枚目でしたね。阪急ブレーブスという、どちらかといえば地味なチーム所属だっただけに、人気は全国区とはいきませんでしたが、プロ野球ファンには実力を兼ね備えた二枚目選手として有名な存在でした。晩年は巨人にトレードになった事によって一躍その知名度が上がりましたね。

ちなみに、蓑田浩二選手といえばもうひとつのトリプル3を達成したというのはあまり知られていないかもしれません。そのトリプル3とは、1980年(昭和55年)に達成した、

30ホームラン・30盗塁・30犠打

というものです(実際には31本塁打・39盗塁・31犠打)。このトリプル3は長いプロ野球の歴史の中でも達成したのはこの蓑田浩二だけなのです。

真弓明信(まゆみあきのぶ/太平洋クラブ、阪神)

名  前:真弓明信(まゆみあきのぶ)
出  身:福岡県大牟田市
生年月日:1953年(昭和28年)7月12日
身  長:174㎝
投球打撃:右投げ右打ち
出身校 :柳川商業高校
プロ入り:1972年ドラフト3位→太平洋クラブ
愛  称:ジョー

NPB通算成績
1888安打292本塁打200盗塁

主なタイトル
首位打者:1回

ご存知、阪神タイガース伝説の昭和60年の優勝チームの不動の1番打者であり、トップバッターにもかかわらず34本塁打を放って史上最強のトップバッターと呼ばれた真弓明信、彼も球界を代表する二枚目選手でした。

甲子園を揺るがす、ミッキーマウス・マーチに乗せて阪神ファンが左右に一斉に移動する「真弓ダンス」は真弓明信という選手がいかに人気者であったかを証明するものの一つでした。数ある阪神タイガースのヒッティングマーチ(応援歌)の中でも真弓選手のは間違いなくトップクラスの人気でしょう。

浅黒い肌に目鼻立ちのハッキリした南国系の濃いルックスの、いわゆるちょっとバタ臭い(さーせん涙)二枚目フェイスは、そりゃあもう当時の阪神ではずば抜けてたといってもいいでしょう。掛布、岡田、平田といったかなり個性的(?)なルックスの選手の中では特に目立っていましたね。

ちなみに現役引退後に近鉄バファローズでコーチをやっていた時には、当時の梨田昌孝監督、小林繁ピッチングコーチとともに「男前首脳陣トリオ」として話題になってましたね。個人的にはその三人の中でも断トツで男前だと思いましたね。

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森脇浩司(もりわきひろし/近鉄、広島、南海)

名  前:森脇浩司(もりわきひろし)
出  身:兵庫県多可郡黒田庄町(現:西脇市)
生年月日:1960年(昭和35年)8月6日
身  長:178㎝
投球打撃:右投げ右打ち
出身校 :兵庫県立社高校
プロ入り:1978年ドラフト2位→近鉄

NPB通算成績
244安打14本塁打

現役時代は守備の名手としていぶし銀の働きを見せていた森脇浩司さんも球界の二枚目という話題となると必ずといっていいほど名前が挙がる程の人物です。

彫りが深く目鼻立ちのハッキリした日本人離れした精悍なマスクの森脇浩司さんについた異名こそ、「球界の草刈正雄」。かつての大人気イケメンモデルで、現在は実力派の大物俳優として大人気のあの草刈正雄さんと比較される程なのです。

森脇浩司さんといえば有名なのが、若くして病魔に散った広島カープの「炎のストッパー」、津田恒美さんとの逸話です。親友だった津田さんが脳腫瘍に冒されて現役引退して闘病生活を送っていた時、森脇さんは病床の津田さんに「俺の給料を半分にしてでもお前の現役復帰を球団にかけあってやる」といって励まし、入院中の津田さんの周辺の諸々の世話をしていたそうです。ちなみに津田さんは生前、夫人に対して「お前か森脇、どちらを取るかといわれたら俺は森脇を取る!」といったほどの仲でした。男の友情ってやっぱいいですよね、熱いですよね、ホントに最高ですよね。これらの津田さんと森脇さんのエピソードは何度聞いてもこみ上げてきてしまいます。

各球団のコーチを歴任して、ついにはオリックスバファローズの監督にまでなった森脇浩司さんは、あのノムさんこと野村克也氏が認める数少ない野球人の一人であるように、その野球知識や采配、選手育成などは定評があります。特にノック技術は野球界一ともいわれている程です。これからも数多くの名選手たちを育て上げてくれることでしょう。

川口和久(かわぐちかずひさ/広島、巨人)

名  前:川口和久(かわぐちかずひさ)
出  身:鳥取県鳥取市
生年月日:1959年(昭和34年)7月8日
身  長:183㎝
投球打撃:左投げ両打ち
出身校 :私立鳥取城北高校
プロ入り:1980年ドラフト1位→広島

NPB通算成績
139勝135敗4セーブ

主なタイトル
最多奪三振:3回

個人的にはこの投手こそがプロ野球史上ナンバー1の二枚目・男前選手なのではないかと思います。別にわたしと同じ鳥取県出身だから贔屓しているとかそんなことはありません(イヤ本当に)。

その端正で整った顔立ちから現役時代には「球界のリチャード・ギア」と呼ばれていましたが、わたしはリチャード・ギアよりこの川口和久の方が男前だったと本気で思っています。いや、それほどカッコよかったのです。社会人時代にホストクラブにスカウトされたという逸話が残っている川口和久さんですが、まあ彼のルックスを見れば当然でしょう。というよりも俳優やモデルでも余裕でいけたでしょ?とさえ思います。

そんなプロ野球選手離れした二枚目だった川口さんですが、その現役時代がまた凄かった。とにかくバッタバッタと三振を取りまくるサウスポーで、細い体をしなやかに全身使って投げ込むストレートは迫力満点でした。特に右打者のインコース、左打者のアウトコースに投げ込むクロスファイアー(左投手の対角線へのストレート)は、わたしがこれまで見た日本人サウスポーの中でも一番のキレと威力だったと断言します。さらには巨人キラー、阪神キラーとしても有名で、東西の人気球団との対戦では別人のようなピッチングを披露してくる強心臓の持ち主でもありました。ちなみに巨人戦30勝以上を挙げている投手で巨人戦に勝ち越しているのは、長き歴史を誇るプロ野球の中でも、名球界入りした平松政次さんと闘将・星野仙一さん、そしてこの川口和久さんのたった3人だけなのです。

蛇足ですが、川口和久さんの実家は鳥取市の吉岡温泉町というところなんですが、わたしの知り合いに川口さんの実家近くに住んでたお爺さんがいまして小さい頃の川口和久さんの話をする時に「和君が・・」と親し気に言っていて羨ましかったのを思い出しますね(笑)。

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