[高校野球記録]春夏甲子園での監督通算勝利数ベスト10①やまびこ打線にマジック、若き知将に公立で春夏連覇の名将まで

100年以上の歴史を誇る高校野球甲子園大会。数々の名勝負や名選手を輩出してきた球児たちの戦いの最高峰の甲子園ですが、球児たちを率いて戦う各チームの監督も多士済々、長い球史の中で数多くの名監督を生み出してきました。

ここではそんな甲子園を沸かせた名監督たちの中でも、甲子園での勝利数でトップ10に入る監督をご紹介したいと思います(各監督の甲子園成績2017春の選抜高校野球大会終了時のものです)。

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第10位 尾藤公(びとうただし/箕島高校) 甲子園通算35勝

出  身:和歌山県有田市
生年月日:1942年(昭和17年)10月23日
没年月日:2011年3月6日(満68歳没)
出場回数:14回(春8回夏6回)
勝  敗:35勝10敗
勝  率:.778
優勝回数:4回(春3回夏1回)
学校名 :和歌山県立箕島高校

甲子園出場14回で優勝4度を誇る、昭和を代表する名監督です。わたしは世代的に「高校野球の名監督」と聞いたらこの尾藤監督の顔は真っ先に思い浮かぶ世代です。わたしが子どもの頃の昭和50年代に大活躍した名将です。

1979年には史上3校目となる春夏連覇を果たしました。ちなみに甲子園春夏連覇はこれまでに7校が達成していますが、そのうち公立高校は尾藤監督の箕島高校だけです。公立高校を率いてこれだけの成績を収めたところにも尾藤公という監督の凄さの一端を垣間見ることが出来るといってもいいでしょう。

惜しまれつつも2011年に他界した尾藤監督ですが、その遺志はしっかり長男である現箕島高校、尾藤強監督に受け継がれています。

第8位 阪口慶三(さかぐちけいぞう/東邦、大垣日大) 甲子園通算37勝

出  身:愛知県
生年月日:1944年(昭和19年)5月4日
出場回数:30回(春16回夏14回)
勝  敗:37勝29敗
勝  率:.561
優勝回数:1回(春1回)
学校名 :東邦高校、大垣日大高校

バッテリーを中心とした守備力の高いチーム作りに定評がある大垣日大高校の阪口慶三監督が37勝で8位タイにランクインです。これまでに投手では「バンビ」と呼ばれた甲子園のアイドル、坂本佳一投手、バンビ2世と呼ばれた春の選抜甲子園優勝投手の山田喜久雄投手、同じくバンビ2世の異名を取った水谷完投手、更に中日ドラゴンズで先発として優勝に貢献した朝倉健太投手、名球会捕手である谷繁元信をして取れないと言わしめた「マジカルフォーク」を操った岩田慎司投手、未完の大器として中日ドラゴンズに入団した大型右腕、阿知羅拓馬投手を育てました。キャッチャーは巨人の正捕手でMVPも取った名捕手・山倉和博や阪神でレギュラーを張った山田勝彦らを育てました。

東邦高校での若かりし日々はスパルタ熱血の鬼監督として知られた阪口監督でしたが、上甲正典監督が笑顔で指揮を執り選手も笑顔でプレーする宇和島東高校に甲子園決勝で敗れた事で監督としてのスタイルを大きく変えた事は有名です。それ以降は練習では厳しく、しかし笑顔を見せながら選手の長所を伸ばし、褒め、時には自らがムードメイカーとなる監督となりました。

東邦高校退任後は甲子園出場経験のなかった岐阜県の大垣日大高校監督に就任して世間をあっと言わせましたね。しかし大垣日大は阪口監督の就任後にめきめき頭角を現して今では岐阜県を代表する強豪校となり、甲子園には通算6度出場して春の選抜では準優勝にも輝いています。これからも大垣日大を率いてさらに勝利数を積み上げてランクアップしてくれそうですね。

第8位 蔦文也(つたふみや/池田高校) 甲子園通算37勝

出  身:徳島県徳島市
生年月日:1923年(大正12年)8月28日
没年月日:2001年4月28日(満77歳没)
出場回数:14回(春7回夏7回)
勝  敗:37勝11敗
勝  率:.771
優勝回数:3回(春2回夏1回)
学校名 :徳島県立池田高校

若かりし日は投手として活躍し徳島商で甲子園出場を果たして同志社大学、社会人野球を経てプロ野球の東急フライヤーズ(現:北海道日本ハムファイターズ)に入団した元プロ野球選手の蔦文也監督。1980年代にはご存知あの「池田高校」を率いて甲子園で大暴れした高校球界を代表する名物監督です。

東急フライヤーズを退団して故郷の徳島に戻った蔦文也氏は徳島県立池田高校の社会科教師となって野球部監督に就任しました。県立高校という事で人も物資もお金も限られていた中で蔦監督に率いられた池田高校は力を伸ばし、1971年(昭和46年)の夏の甲子園に初出場します。3年後の春の選抜ではわずか部員11人ながら堂々の準優勝。その快挙は「さわやかイレブン」の名とともに現在でも語り草となっています。1979年(昭和54年)夏の選手権でも準優勝。この時の優勝校は同じ公立高校で名将・尾藤公率いる箕島高校でした。高校野球ファンには涙がちょちょぎれるほど(死語w)たまらんカードです(笑)。

そして池田高校の名を伝説として残すのが1982年(昭和57年)夏の選手権と1983年(昭和58年)春の選抜での夏春連覇でした。エースで主砲の畠山隼を擁した夏の甲子園と畠山卒業後のエースで主砲、「阿波の金太郎」と呼ばれた水野雄仁を擁しての春の甲子園、異なるチームでの連覇は見事という他ありません。蔦監督が心血を注いで作り上げた「やまびこ打線」が甲子園を完全制圧して結実した瞬間でした。

しかし早稲田実のエース・荒木大輔を完膚なきまでにノックアウトして時代を築いた「やまびこ打線」は、夏春夏の史上初の三季連続優勝を狙った1983年夏の甲子園準決勝でPL学園エースの桑田真澄に完封されて野望が潰えました。同時にこの試合は、時代が「やまびこ打線」から「KKコンビ」に移った高校野球の歴史の境目の試合といっても過言ではないでしょう。

ですが、蔦文也という稀代の名将が築いた池田高校の輝きは高校野球が存在し続ける限り永遠に語り継がれる事でしょう。なぜなら池田高校と蔦文也という存在ほど高校野球史で魅力的な存在をわたしは知らないからです。

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第7位 木内幸男(きうちゆきお/土浦一、取手二、常総学院) 甲子園通算40勝

出  身:茨城県土浦市
生年月日:1931年(昭和6年)7月12日
出場回数:22回(春7回夏15回)
勝  敗:40勝19敗
勝  率:.678
優勝回数:3回(春1回夏2回)
学校名 :茨城県立取手二高校、常総学院高校等

公立高校である取手二高で夏の選手権を制し、その後は常総学院高校の監督として春・夏甲子園を制した木内幸男監督が40勝で堂々の7位です。熱心な高校野球ファンには周知の事実なのですが、実は木内監督の高校野球監督としてのキャリアは取手二高からではありません。取手二高の監督に就任する前に、木内監督の地元であり、同じ茨城県の公立高校である土浦一高を率いていたのです。土浦一高では甲子園出場を果たせなかったものの、その時の教え子には後に阪神監督となる安藤統男氏などがいました。

そして取手二高時代で木内幸男という名は全国に響き渡り、その硬軟自在の的確な勝利へと導く采配は「木内マジック」という名で呼ばれる事となったのです。そしてその真骨頂こそが圧倒的戦力を誇る常勝軍団、桑田真澄と清原和博という超高校級を揃えたPL学園を決勝で破って甲子園初優勝を果たした1984年(昭和59年)の夏の選手権決勝でしょう。

そして取手二高を甲子園優勝に導いた「木内マジック」は同じ茨城県の常総学院で2度の甲子園優勝を果たし、最高潮を迎える事となるのです。

甲子園の名将には猛練習によって選手たちを鍛え上げてチームを作るタイプの監督が多いですが、この木内監督は練習時間の短さでは有名だったようにその方程式は当てはまりません。戦術理解度の高い、いわゆる「野球脳」の高い選手を好む傾向にあり、猛練習によって選手の力を開花させるというよりも、戦術をしっかり遂行できる持ち駒(選手たち)を最大限に生かし、相手の戦術を読み切り、逆に相手の裏をかいて勝利に導く、それが木内マジックと呼ばれる采配なのです。

そんな甲子園の名物監督も2011年の夏の大会を最後に勇退。また一人個性派名監督が高校野球を去りました。全く寂しい限りですね。

第6位 西谷浩一(にしたにこういち/大阪桐蔭) 甲子園通算42勝

出  身:兵庫県宝塚市
生年月日:1969年(昭和44年)9月12日
出場回数13回(春7回夏6回)
勝  敗:42勝8敗
勝  率:.840
優勝回数:5回(春2回夏3回)
学校名 :大阪桐蔭高校

甲子園通算勝利数ランキングトップ10の監督たちの中では断トツともいえる最年少監督。勝利数ベスト10のうち唯一の40代監督であり、唯一の昭和40年代生まれの監督でもあります。

その若さでありながら、既に歴代6位となる甲子園通算42勝を挙げ、数々の名将を抑えてこの順位にいるというのはもう凄いという他有りません。この若さを考えるとこの先どこまで記録を伸ばしていくのか末恐ろしい程です。甲子園通算優勝回数でも既に歴代2位タイに躍り出ており、同世代の監督に追ってくる監督は誰もいないのが現状です。

この西谷監督の一番の特徴といえばやはりその選手育成能力の高さでしょう。特にスラッガーを育てる事にかけては現代の高校野球指導者の中でも群を抜いているといってもいいかもしれません。これまで西谷監督が育てた代表的な選手を挙げれば、パ・リーグ本塁打王6度、打点王3度の中村剛也(西武ライオンズ)、パ・リーグ打点王2度、侍ジャパンの4番も務めた中田翔(北海道日本ハムファイターズ)、パ・リーグの首位打者と盗塁王に輝いた西岡剛(阪神タイガース)、パ・リーグ打点王1度で中村剛也とともにクリーンナップを打つ浅村栄人、高校通算70ホーマーを放った平田良介(中日ドラゴンズ)らを輩出しています。どの選手もまだ現役バリバリというのがまた凄いですね。この短期間にこれだけの選手をプロに送り込んでいるという事です。

西谷浩一という名監督がこれからどんな記録を打ち立てていくのか、わたしたちは歴史に立ち会っている最中なのかもしれませんね。

 

高校球史に残る甲子園の名監督ベスト10の5位から1位については以下からどうぞ。

[高校野球記録]春夏甲子園での監督通算勝利数ベスト10②

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