新撰組最強の隊士は誰?一番強い剣士を決める同時代人の証言や池田屋事件での実績から導かれる人斬り№1とは?

幕末の京都に咲いた幕府の凄腕剣豪の集まりだった「新選組」。

天然理心流剣術の「試衛館」道場主の局長・近藤勇を初め、その試衛館の錚々たる剣士のみならず、全国から様々な流派の一流剣士たちが集まった新選組という組織は、最強の剣術集団といってもいいでしょう。

そこで現在でも注目されているのが、そんな最強の剣術集団「新撰組」における最強の剣士は誰だったのか??という議論です。

スポンサーリンク



幕末・新撰組ファンなら誰もが考える「新選組で一番強い剣士は誰」なのか?

幕末最強の人斬り集団、新選組で一番強いのは誰なのか??幕末ファンならずともこれほどワクワクさせてくれるテーマはなかなかありませんよね。幕末を代表するスター集団の新撰組ともなれば尚更です。

しかしそれだけの幕末のスター集団であるがゆえにそれぞれの隊士のファンは多く、なかなか最強が誰かというのは結論が出ていないのが実情です。もちろんゲームのように各隊士の強さを数字でパラメーター化できるものでもありませんし、そんな議論こそ野暮以外の何物でもないという意見もよく見られます。

わたしは大の新撰組ファンですが、敢えてそんな野暮な事を考えてみようと思います(汗)。新撰組ファンとしてみれば、最強論なんてものは野暮の極致だと思う反面、最高にロマンあふれる部分でもあると考えているからです。だって、新選組最強の隊士を考えている時って素直にメチャクチャ楽しくないですか?妄想の極致なんですが、これがすごく楽しくて至福の時なんですよね(笑)。

例えば、槍での強さをいうんだったら原田左之助や谷兄弟なんかもだよなあ・・とか、体術込みの乱戦になったら四番隊組長の松原忠治も最強候補だよなあ・・とかね(笑)。まあ妄想には全く困りませんね。

御陵衛士で元隊士の阿部十郎が明治時代に残した新撰組隊士に関する貴重な談話

ぶっちゃけ、新撰組で誰が最強なのかを決めるのに一番手っ取り早いのは、同時代に新撰組の彼らを間近で見ていた人の証言を参考にする事です。

そこで最も参考になるのが阿部十郎という元新撰組隊士の証言です。阿部十郎という隊士は新選組と袂を分かって伊東甲子太郎とともに御陵衛士(ごりょうえじ)に加わった隊士であり、新選組に対しては敵対心を持っていた隊士です。そんな阿部の新撰組大使の強さを語った後年談が残されているのです。以下がその阿部の談話です。

沖田総司、これがまあ勇の一番弟子で、なかなかよく仕いました。その次は斎藤一と申します。それから是は流派が違いますが、永倉新八という者がおりました。この者は沖田よりもちと稽古が進んでおりました。

明治時代に催された「史談会」での会話より

この談話は新撰組ファンであれば知っている方も多いのではないでしょうか。

新撰組の全盛期に隊の中枢にいた人物の実際の証言ですからね。しかもその人間が具体名を挙げて強さに言及しているのです。これほど参考になるものは他にないでしょう。

沖田総司、斎藤一、永倉新八という一番隊~三番隊組長の道場や実戦での強さ

阿部十郎の談話に出てくる新撰組隊士は三名。

まずは試衛館で若くして天然理心流免許皆伝となり塾頭まで務め、新撰組では一番隊組長と撃剣師範を務めた若き天才剣士・沖田総司。三段突きという必殺の突きを操ったとされるこの天才剣士が新選組ナンバーワンであると阿部十郎は話しています。更に後年永倉新八は沖田の剣を「猛者の剣」と評しています。道場では土方歳三、山南敬助、井上源三郎、藤堂平助といった隊士たちが子供扱いされ、近藤勇さえも叶わなかったであろうとまで言われる天才剣士です。

そして次に名前が出てくるのが、これも新撰組屈指の人気者・三番隊組長・斎藤一。阿部の述懐では沖田の次の使い手はこの斎藤であるという認識です。永倉新八は後年この斉藤の剣を評して「無敵の剣」と評しています。その流派は不明で我流ともいわれており、さらに当時ではほとんど存在しなかった左利きという説さえあります。まさにその謎多き剣は比類なき暗殺剣としての資格を十分に有していたといえるでしょう。

三番目に名前が挙がったのが、神道無念流免許皆伝の凄腕剣士、新撰組二番隊組長及び撃剣師範の永倉新八。阿部によると永倉は沖田より道場での竹刀などを使った稽古では強かったという話です。という事は、実戦ではやや沖田、斎藤には劣ったという意味でしょうか。いやあ、実際に真剣で斬り合った事がない以上、このレベルになったら差はないでしょう。誰がやってもやられてもおかしくはありません。

うーん興味深いですね。というか、新選組最強論になると必ず名前が出る三人ですよね、沖田総司と斎藤一と永倉新八。やっぱりこの三人かあ・・ってなっちゃいますよね。やっぱり強い順に一番隊組長、二番隊組長、三番隊組長ってつけたのかなって思えますよね。そう考えれば凄くストンと腑に落ちる最強論の結論という事になります。

といってもこれで終わっちゃあ面白くないんでもう少し考察してみましょうか(笑)。

人数不利の中での戦い「池田屋事件」ここに乗り込んだ4名の隊士とは

沖田総司、斎藤一、永倉新八、この三人が新選組最強伝説の常連となるほどの剣の使い手であったという事に異議を唱える新撰組ファンはほとんどいないと思います。

沖田総司は誰もが認める天然理心流の天才剣士ですし、斎藤一は我流の暗殺剣で数々の新選組隊士の粛清に関わったとされる使い手ですし、永倉新八は神道無念流免許皆伝の腕前でありながら強さを求めて各流派を学び歩き、天然理心流の食客にまでなった生粋の剣術使いです。

こんな彼らの実戦での強さを知るにはどうすればいいのでしょうか。一番参考になるのはやはり新選組の名を一躍有名にした「池田屋事件」なのではないでしょうか。

基本的に数的優位を作ったうえで相手を確実に仕留めるという方法を得意とした新選組ですが、この池田屋事件だけは圧倒的な数的不利の中戦わざるを得なかった大激戦でした。

尊攘浪士たちが会合を行っていた池田屋に踏み込んだ新撰組隊士はわずか10名だったといわれています。片や池田屋に集まっていた尊王攘夷派志士たちは倍以上の20数名であったといわれています。

20数名に対してわずか10名。しかも池田屋の中に踏み込んだのはたったの4名であったといわれています(諸説あり)。その4名こそが局長の近藤勇、1番隊組長の沖田総司、2番隊組長の永倉新八、七番隊組長の藤堂平助だったといわれています。後の隊士は屋外で池田屋から逃げてくる浪士たちの掃討にあたったという話です。

個人的には池田屋内部に敢然と踏み込んだこの4人も相当な使い手であったことは間違いないと思います。

スポンサーリンク



激戦の中で倒れる沖田総司や藤堂平助。そして最後まで残った隊士は?

結果から言いますと、池田屋内部で尊攘浪士たちと壮絶に斬り合ったこの4人の隊士のうち、最後まで土方歳三らの救援が来るまで戦ったのは近藤勇と永倉新八の二人のみ。沖田総司は池田屋での戦闘中に持病の労咳(肺結核)を発病して戦闘離脱を余儀なくされたといわれており、藤堂平助は戦闘の合間に鉢がねを取ったところを襲撃され、額を割られて流血、戦闘不能となったといわれています。

これらが事実だとすれば、やはり永倉の強さは新撰組の中でも別格クラスだったという事が証明される事でしょう。沖田に関しては発病したという事でポテンシャルを発揮できなかったのは間違いありません。ここでの戦列離脱で剣の腕の評価を下げるというものではないでしょう。

ここには加わってない斎藤もまた然り。彼の暗殺者としての剣の凄さは、恐らくこの池田屋に加わっていればもっと早くに日の目を見ていたことは間違いないと思います。

そしてやはり注目せざるを得ないのが、局長・近藤勇の凄さでしょう。永倉は途中で指に傷を負いましたが、局長近藤勇は最期まで無傷で戦い終えたといわれています。さすがは天然理心流試衛館道場の養子として道場を任された逸材です。

阿部十郎はこの池田屋事件の時に新選組にはいませんでした。もちろん試衛館時代の近藤勇の凄さも知りません。阿部が新選組で活躍し始めたころにはすでに近藤が現場の斬り合いの第一線でその剣術の凄さを披露する機会はなかったでしょう。つまり阿部は近藤の凄さを実際に目の当たりにしていない可能性が大いにあるのだと思います。そう考えれば阿部の談話に近藤の名が無かったことも納得がいきますよね。

さらに阿部は新選組を脱退した後、新撰組に命を奪われた伊東甲子太郎らの仇を討つべく、近藤勇を銃で狙撃して襲撃したりもしています。近藤に対する感情はかなりネガティブなものがあったのは容易に想像できます。そういった感情によって近藤の名を出す事が憚られたとも考えられます。

ともかく、個人的にはやはり近藤勇という男も沖田、斎藤、永倉と一緒に最強列伝の中に加えるべきだと思いますね。

結論:予想通りといわれようが新選組最強はやはりこの四天王

というわけで、以下の4人がやはり新選組最強の隊士であると結論づけるわけであります。

局長・近藤勇 天然理心流宗家四代目にして最強の剣客集団・新撰組局長

1番隊組長・沖田総司 病に倒れた天才剣士。誰もが認める天賦の才の持ち主

2番隊組長・永倉新八 神道無念流の剣客。沖田、斎藤と互角の実力

3番隊組長・斎藤一 我流必殺の暗殺剣。影に生きた謎多き剣士。

まあやっぱりこの辺りに落ち着いてしまうんですよね。だってやっぱこの4人でしょ。そしてこの中で順位をつける事って出来るのかな?って気もしますよね。道場だったら沖田や永倉でしょうけど実戦だと斎藤、近藤のような気もするし・・うーん・・ってね。まあそれもまた楽し、なんですが(笑)。

というわけでこの四人が四天王として並び立つという事で勘弁してくださいな(笑)。

あ、あと土方歳三ファンの方の苦情は基本的に受け付けません(汗)。彼の凄さは剣の腕ではないという事スタンスですので。そこじゃあないんですよ、土方歳三という人間の奥深さや魅力はね。また機会があったら土方については書きたいですね。だって個人的には一番好きな隊士ですから。五稜郭もわざわざ見に行きましたしね(笑)。

関連コンテンツ(PR)

スポンサーリンク

コメントを残す

このページの先頭へ