[大河ドラマキャスト]西郷家の永田熊吉(くまきち)は実在人物?ドランクドラゴン塚地武雅(つかじむが)演じる家人

2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の主人公、西郷隆盛の育った家庭は貧しいながらも多くの家族に囲まれたとても仲の良い一家であったといわれています。そんな中で育った西郷どんは人を大切にする人物に育ち、内外の様々な人たちから大きな人望を集める事となって結果、維新回天を成し遂げる事となったのです。

そんな西郷隆盛を育んだ西郷家において、実の家族と同じように西郷家に慕われた西郷家の家人、熊吉についてここでは取り上げてみたいと思います。

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西郷家家人・永田熊吉(ながたくまきち)の生涯・略歴

永田熊吉は、永田熊次郎の子として天保六年(1835年)に生まれたといわれているが、生年に関しては諸説ある。天保六年生まれ説をとれば、西郷隆盛の7歳年下で二男・吉二郎の2歳下、三男・従道の8歳上という事となり、西郷家の兄弟と同世代であったという事となる。

父の永田熊次郎は鹿児島城下の鍛治屋町にあった西郷家に家人として仕えていたため、息子の熊次郎も西郷家に仕え、幕末には国事の為に日本全国を奔走する西郷家の長男である西郷隆盛に付き従って江戸や京都、そして故郷の鹿児島を飛び回る日々を送ったという。

戊辰戦争にも西郷隆盛に同行し、西郷が総督となって臨んだ秋田戦争における長岡山の戦いでは、敵の放った銃弾を受けた仲間を助けようとして自らも左太ももを銃で貫通する程の重傷を負った。

明治維新後、鹿児島に帰郷していた西郷が明治新政府からの要請を受けて上京し、新政府入りした際には西郷とともに上京し、日本橋にあった西郷家に住み込んで身の回りの世話や金銭面の管理までを任されていた。明治六年政変において西郷が新政府の職を辞して下野し、鹿児島へ帰郷する際には不動産や家の売却等の後始末をつけて鹿児島へと帰郷した。

西郷隆盛が私学校党を中心とした不平士族の盟主として政府に反旗を翻した西南戦争にも参加。西郷の島妻である愛加那との間に出来た息子、薩軍の西郷菊次郎が銃創によって右足切断の大けがを負った際には、自らもケガを負っていながら新政府軍として従軍していた隆盛の弟・西郷従道の下へ菊次郎を連れていき、政府軍へと投降して菊次郎の命を救った。従道は甥の投降を心から喜び、重傷の菊二郎を連れてきてくれた熊次郎に感謝したといわれている。

西南戦争後は鹿児島の西郷家に仕えた熊次郎であったが、明治十九年(1886年)に東京で新政府の重鎮となっていた西郷従道の誘いで上京し、目黒にある西郷従道の邸宅に住み込んで働いた。この頃には庭師としても相当な腕であったらしく、現在の西郷山公園や菅刈公園は熊吉によるものが原型となったとされている。

明治三十三年(1900年)死去。熊吉の葬儀は従道自らが主催者となって執り行われた。墓所は東京青山霊園。ともに日本中を飛び回った隆盛の死から23年後の事であった。

里見浩太朗主演「田原坂」で高品格が演じた熊吉 西南戦争で生き延びて西郷従道宅に

大河ドラマ「西郷どん」にも登場している熊吉。西郷家の家人として忙しく働いているこの人物、ドラマの中だけの架空の存在かと思いきや、思いっきり実在した人物なのです。しかも、かなり詳細にその人物像や事績が残されています。

この辺りが戦国時代と幕末との大きな違いといえるのではないでしょうか。

戦国時代はある程度名を成した人物でなければその詳細はほぼ分かりません。武将でもそうなのですから、家人クラスとなると、いかに超有名な人物に仕えた人でさえほぼその存在は確認できないでしょう。

ちなみに超個人的な話なのですが、わたしがまだティーンエイジャー(死語っすね笑)時代に見た日本テレビの年末時代劇素スペシャル「田原坂(たばるざか)」。里見浩太朗さんが西郷隆盛を演じたこのドラマの中での熊吉役は故・高品格さんだったのですが、このドラマの中での熊吉は西南戦争で死んでしまうのです。というわけで、永い間わたしは熊吉は西南戦争で亡くなったものだと思い込んでいたのです。

しかし実際の熊吉は上述したように西南戦争以降も健在で、西郷従道の邸宅に招かれて余生を送ったのでご心配なく。

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西郷家と家族同然の関係だった永田熊吉 過去には隆盛に対してストライキも(笑)

ただし、家人といっても中世以前のいわゆる家人と幕末期から明治におけるこの熊吉の場合は大きく異なるといっていいでしょう。この熊吉と西郷家の場合は主従というよりももはや家族といってもいい程の濃い関係であり、そんなエピソードも数多く残されています。

例えば、主人である西郷隆盛の言葉に立腹した熊吉が三日間程西郷の身の回りの世話などをしなかったことがあったといいます。今でいえばストライキみたいなものでしょうか(笑)。その結果、西郷隆盛の方が折れて熊吉に謝罪したという顛末だったそうです。微笑ましいと同時に、西郷と熊吉の関係性がよく分かるエピソードともいえるでしょう。素直に謝る西郷の器の大きさも流石という他有りませんね。

さらに晩年を過ごした目黒の西郷従道宅では、幼少期から一緒に過ごした西郷従道から「じい様」「熊吉さん」と呼ばれて家族同然の扱いだったといいます。

まさに西郷家の一員といっても過言ではない程に皆に愛された熊吉。この熊吉が西南戦争で隆盛の子・西郷菊次郎を西郷従道の元へと連れていくシーンは涙なしにはみられないでしょう。今から本当に楽しみですね。

熊吉役はイカ大王・裸の大将の「ドラドラ」塚地武雅(つかじむが)!相方・鈴木拓も出演

西郷家の家族と言っていいほど皆に親しまれ、西郷隆盛の手足となり働き、後に明治新政府の要職を歴任した隆盛の子・西郷菊次郎の命を助けた永田熊吉。そんな永田熊吉を演じるのが芸達者なこの方。

名   前:塚地武雅(つかじむが)
愛   称:つかっちゃん
生年月日 :昭和46年(1971年)11月25日生まれ
年   齢:46歳
出 生 地:大阪府阪南市
身   長:168cm
体   重:95kg
コンビ名 ;ドランクドラゴン
相   方:鈴木拓
配 偶 者:なし(未婚独身)
ジャンル :お笑い・俳優
血 液 型:A型
特   技:剣道
趣   味:スキー
所属事務所:プロダクション人力舎

人気お笑いコンビ「ドラドラ」こと、ドランクドラゴンでボケ役とネタ作りを担当する塚地武雅さんが熊吉を演じられます。NHKではコント番組「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」でのイカ大王役で大活躍中ですね(笑)。

大河ドラマは2012年「平清盛」以来6年ぶり2度目の登場となります。個人的に大好きで近年の大河ドラマ中では屈指の名作だと思っている平清盛では「平治の乱」の中心人物となる藤原信頼を演じていました。塚っちゃんの白塗り公家姿はそれだけでインパクト十分でしたが(笑)、演技はお笑い芸人とは思えぬレベルで、さすが「裸の大将(山下清)」役を務めた俳優だという他有りませんでした。

今回の「西郷どん」では、前述したように西郷家の家族同然に隆盛に慕われ、最後の西南戦争まで付き従った永田熊吉役。隆盛役の鈴木亮平さんとのラストシーンまで本当に楽しみで仕方がありません。なおこの塚地さん、ご自身の出身は大阪府阪南市なのですが、お母さまが鹿児島県の出身という事で、「西郷どん」の舞台となる鹿児島県にはゆかりの深い人でもあるのです。

ちなみにドランクドラゴンでの相方、鈴木拓さんも迫村の百姓・平六役で第二話に出演されました。売られていってしまったふきのお父さん役です。これまたなかなか良かったんですよねえ・・涙なしには見られない回でした。鈴木さんの方も是非とも再登場を期待したいですね。

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