[NHK大河ドラマ]岩山糸(イト/西郷糸子)、愛加那(あいかな)、須賀(すが) 西郷隆盛の三人の妻達のプロフィール等

2018年の大河ドラマ「西郷どん」の主人公・西郷隆盛。この西郷隆盛という日本史を代表する英雄は、その生涯で3人の妻を迎えている事は意外と知られていないかもしれません。

ここでは、西郷どんがその生涯で愛し、妻として娶った3人の女性達について触れてみたいと思います。

スポンサーリンク



最初の妻:伊集院須賀(すが)

薩摩島津家の家臣として戦国時代から有名な伊集院家の分家(と思われるが確かではない)から西郷家に嫁いできた最初の妻がこの須賀(すが)です。須賀の弟には寺田屋騒動に加わり、維新後は海軍少将や元老院議官などを歴任して子爵に列せられた伊集院兼寛(いじゅういんかねひろ/通称:直右衛門)がいます。

須賀の生年は天保三年(1832年)といわれていますので、西郷隆盛より4歳年下ですね。西郷家に嫁いできたのが嘉永五年(1852年)ですので、須賀が20歳、西郷隆盛が24歳の時という事となります。

夫婦仲は悪くなかったという西郷と須賀でしたが、西郷家は下級武士の身分で元々薄給で家計はギリギリの生活であったところ、西郷隆盛の祖父、父母が相次いで他界、夫の隆盛も君主・斉彬に付き従って江戸へ行っていたために家に帰る事の出来ない日々が続き、見かねた須賀の実家である伊集院家が江戸にいる西郷と相談して離縁という事として須賀を実家へと帰らせたといわれています。

その後の須賀の人生については、没年や享年を含めてハッキリとはわかっていません。西郷自身はこの離縁について後年に至るまで後悔していたといわれていますが、元夫が維新三傑と呼ばれるほどの英雄となっていったのを見ていた須賀さんの気持ちはどのようなものだったのかというのも気になってしまいますね。

島妻:愛加那(あいかな/あいがな/愛子) 演:二階堂ふみ

奄美大島・龍氏の娘、愛加那(あいかな/あいがな)の略歴・生涯

西郷どんの2番目の妻となったのがこの愛加那。天保八年(1837年)生まれの西郷隆盛の9歳年下で、読みは“あいかな”又は“あいがな”といい、西郷との生活中は愛子という名で呼ばれていたともいわれています。敬愛する主君・島津斉彬が病死した後、失意の西郷が奄美大島に流罪になった際に妻とした女性です。

まあ順番的には西郷隆盛の2番目の妻という事に間違いはないのですが、この愛加那の場合は本妻という立場ではなく、「島妻」というポジションでした。聞きなれない言葉かもしれませんが、この「島妻制度」というのは薩摩藩内で定められた藩法であり、島で妻を娶る事は許されるがその妻はあくまで島にいる間の妻であり、鹿児島本土へ連れ帰る事は許されないというものであり、いってみれば、島限定の妾(側室)といった意味合いに近いといえばいいのかもしれません。決して正室には慣れぬ哀しい運命だったのです。

島妻という悲しき運命を受け入れたこの愛加那という女性ですが、実は奄美大島・龍郷(たつごう)の名家、龍家の龍為志(りゅうためし)の娘なのです。この愛加那の生家の龍氏は、琉球王の血を引く一族であるといわれている他、あの鎮西八郎と呼ばれた天下無双の猛勇を誇り、保元の乱等で活躍した源為朝の子孫ともいわれています。まあかなり凄い家系なのです。

そんな愛加那と西郷さんの島での暮らしは仲睦まじいものだったというのはかなり有名な話であり、わずか2年半あまりの奄美での暮らしの間、二人の間には後に京都市長も務めた西郷菊次郎と陸軍大臣や内大臣などを歴任した大山巌の弟・大山誠之助の妻となった菊草(きくそう)の二子が生まれています。愛加那自身は明治三十五年(1902年)にその生涯を閉じています。

西郷隆盛の奄美での流人生活を支えた愛加那を演じるのは二階堂ふみ

愛加那という女性は、島妻という自らの運命を受け入れ、そして最大の恩人を失って失意にあった西郷隆盛の流人生活の支えになった女性として色々なドラマでも登場するお馴染みの女性です。ちなみに前回の西郷隆盛主演大河ドラマ「翔ぶが如く」では石田えりさんが演じられました。

この「西郷どん」で愛加那を演じるのが、若手演技派として様々な映画やドラマ、舞台で活躍する二階堂ふみさん。大河ドラマには2012年の「平清盛」、2014年の「軍師官兵衛」に続いて4年ぶり3作目の登場となります。「平清盛」では建礼門院徳子役、そして「軍師官兵衛」では淀殿(茶々)役と、若手女優というポジションながら、ドラマのキーとなる重要な役どころを任されました。ただ任されたのではなく、しっかりとインパクトを残したその名演はまさにこの若さにして大物感を漂わせていますね。

今回も物語中盤のヒロイン役といってもいい超重要人物の愛加那。琉球王国の血を引く西郷どんの島妻役を、沖縄県出身の若手実力派がどのように演じてくれるのか、今から興味は尽きません。

スポンサーリンク



後妻:岩山糸子(いわやまいと/西郷糸とも) 演:黒木華(くろきはる)

実は再婚同士?三人の息子を産み、愛加那との二子も養子として育てた強か女性・糸子の生涯

元治五年(1865年)に西郷隆盛の再婚相手として嫁いだのが、この岩山糸です。ドラマによってはいと、イトと平仮名表記やカタカナ表記パターンもありますが、糸子という表記も見られますね。

糸子の生年は天保十四年(1843年)、薩摩藩士の岩山八郎太直温の次女として生を受けました。夫となる西郷隆盛より15歳、一回り以上も年下という事となります(1838年生まれ説も有り)。結婚時の年齢は西郷隆盛37歳で、糸子が22歳でした。西郷は須賀、愛加那に続いて3人目の妻という事となりますが、実はこの糸子もこの婚姻前には一度他家に嫁いでおり、西郷隆盛との婚姻が再婚というのは意外と知られていません。お互いが再婚同士という事ですね。西郷と糸子との婚姻の媒酌人はなんと、薩摩藩家老で実質のナンバー2といってもいい小松帯刀が務めました。

この糸子は西郷との間に3人の子を設けます。慶応二年(1866年)には長男・寅太郎(とらたろう)を、明治三年(1870年)には次男・午次郎(ごじろう)、さらに明治六年(1873年)には三男・酉三(ゆうぞう)と三人の男子に恵まれました。名前を見れば一目瞭然ですが、寅年生まれの長男なので寅太郎、午年生まれの次男なので午次郎、そして酉年生まれの三男なので酉三、という事です。

この三人の息子に加え、夫・隆盛が島妻である愛加那との間に設けた菊次郎と菊草も養子として迎え入れ、実に5人の子を育て上げた強き女性でもあります。特に夫が西南戦争で賊軍の汚名を着て名誉回復を得るまでは大変な苦労であり、まさに日本を代表するおっかさんといってもいい存在といえるでしょう。

西郷隆盛という人は写真嫌いで実際の外見がハッキリしない事でも有名ですが、その一因には上野の西郷像を見た晩年の糸子が「こんな人ではなかった」と言ったのも大きいといわれています。

そんな糸子は夫・隆盛の死から45年後の大正十一年(1922年)6月11日に80歳の天寿を全うしました。

天皇の料理番での義理の兄妹役、鈴木亮平と黒木華が夫婦役で共演

実子3人と養子2人、日本の英雄・西郷隆盛の残した子どもたちを女手一つで育て上げた岩山糸子。まさに古き良き日本の母といっても過言ではない女性を演じるのが黒木華さん。華と書いて“はる”と呼びます。うちのおかんは何度も“くろきはな”と読みますが(笑)。

そんな黒木華さんの大河ドラマ出演は2016年の「真田丸」以来2年ぶり2度目となります。真田丸では、大河初出演ながら主人公の真田左衛門佐信繁(幸村)の最初の妻だった梅という序盤のヒロイン役を任されました。中盤以降のヒロインであるきり(長澤まさみ)とまるで正反対ともいえるキャラクターは非業の死を遂げた時には「梅ロス」現象となったほどに視聴者にインパクトを与えてくれましたね。

個人的には西郷隆盛役の鈴木亮平さんとの夫婦役というのが実に興味深いですね。そう、TBS系列の日9ドラマで高視聴率をマークした「天皇の料理番」では、鈴木亮平さんが演じた秋山周太郎の弟で主人公の秋山篤蔵の妻役がこの黒木華さんでした。思えばあのドラマは鈴木さんにとっても黒木さんにとっても出世作といってもいいドラマだったと思います。その義兄妹が今度は夫婦役なのですから、「天皇の料理番」ファンからしてみればこれほど胸熱な事もありません。

鈴木亮平と黒木華、若手俳優界きっての実力派同士の名夫婦誕生の予感がヒシヒシとするじゃありませんか。期待しましょう!

関連コンテンツ(PR)

スポンサーリンク

コメントを残す

このページの先頭へ