大河ドラマ「真田丸」 キャスト・人物ネタバレ 信濃に関わる織田家臣編 滝川一益、長崎元家、森長可

滝川一益(段田安則)

たきがわかずます(いちます)。織田家の五大将、四天王にも数えられる程の名将。大永五年(1525年)生まれ。

出自は諸説あるが、近江国甲賀の出であるとの説が有力である。永禄三年(1560年)にようやく資料にその名を見る事が出来るが、それまでの半生は不明な部分が多い。織田信長に仕えた時期も定かではないが、弘治元年~弘治三年(1555年~」1557年)の間には既に織田家臣であったと言われている。

伊勢の北畠氏を責めた伊勢攻略戦において戦功を挙げ、一躍織田家の中心人物として躍り出る。その後は伊勢で起こった長島一向一揆に悩まされながらも、伊勢の統治と同時に織田家の重要な合戦に参加する。越前の名家・朝倉家を滅ぼした「一乗谷城の戦い」、武田勝頼を蹴散らした「長篠の戦い」に出陣し、さらには越前一向一揆の鎮圧も行っている。

長篠の戦いによって弱体化した武田家に対しては信長の嫡男・信忠軍の主力として活躍、武田勝頼を天目山で見事討ち取る。その後は武田家旧領の統治、さらには関東の鎮圧も任され、近隣の大名とも連携を取りながら見事な手腕を発揮する。

関東での地盤を着々と固めつつあった天正十年(1582年)に「本能寺の変」で主君・織田信長が死去すると、それまで織田家に対して友好関係にあった関東の雄・北条氏政が一益に牙を剝く。一益が統治する上野国へと攻め入ったのである。5万6千の北条軍に対して、数で劣る一益の軍は敗退(神流川の戦い)。

敗れた一益は、ほうほうの体で領国伊勢へと帰ったが、信長の跡目を決める織田家の「清須会議」には間に合わなかった。これによって一益は織田家での求心力を一気に失う事となる。

この清須会議で信長の孫・三法師(後の織田秀信)を擁立する羽柴秀吉と信長の三男・織田信孝を擁する柴田勝家との対立は決定的となり、一益は信孝擁立を支持し、勝家側につく。しかし、勝家は「賤ヶ岳の戦い」に敗れ、自害。伊勢で孤立した一益は秀吉に降伏し、所領を没収され、謹慎処分となり、剃髪して隠居した。

その後、秀吉と徳川家康が戦った「小牧・長久手の戦い」では秀吉の誘いを受けて秀吉軍に参加。その後はその外交能力を買われ、秀吉の東国外交の重責を務めたが、天正十四年(1586年)死去。享年62。

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織田家の重鎮中の重鎮、滝川一益ですね。柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉とともに織田四天王に数えられる程の名将でありながら、なぜか一般的には知名度の低い気の毒な武将です(苦笑)。ちなみに織田家五大将はこの四人に明智光秀を加えたものです。

甲賀の出であり、しかも信長家臣となるまで不明な事が多い事などから甲賀忍びであったとの説もある人物です。確かにこの一益、戦も強かったのですが、重要な外交や謀略を任されていた事から考えても相当な知恵者であった事は間違いないです。忍びかどうかはともかくとして、情報戦に長けていたことは確かでしょう。

本能寺の変の時にもしもこの一益が京から遠く離れた関東ではなく、もっと近い場所にいたらひょっとして信長の次の天下人は秀吉ではなく、この一益であった可能性も大いにあると個人的には思っています。織田四天王の柴田勝家と丹羽長秀は織田家譜代の家臣ですが、秀吉とこの一益は、浪人同然の身分から実力だけで信長に認められ、出世した程の人物なのですから。

この真田丸において、この滝川一益の再評価が進めば非常に喜ばしい事ですね。

さて、そんな隠れた名将・滝川一益を演じるのが個性派バイプレーヤー・段田安則。大河ドラマは1990年の「翔ぶが如く」、1991年の「太平記」、1996年の「秀吉」に続き、20年ぶり3度目の出演となります。

特筆すべきは20年前の「秀吉」においても同じく滝川一益を演じた事。もはや日本一の滝川一益俳優と言ってもいいかもしれません(笑)。「秀吉」での一益役では関東から命からがら逃げてきて、一同が驚くほどにボロボロにやつれ、老化して現れたシーンが印象的でした。この真田丸ではあのシーンに至るまでの一益の苦難の戦いが描かれると思うと、なんかこみ上げてくるものがあるのはわたしだけでしょうか。

まあ段田さんなら何も心配する事もないでしょう。あれから20年経ってますます円熟味が増した実力派の演技に期待ですね。

あと、そういえば30年前のNHK時代劇「真田太平記」では真田昌幸の娘である於菊(おきく)の夫として重要な役で出ていた滝川三九郎一積(たきがわさんくろうかずあつ)はこの一益の孫にあたります。三九郎役を三浦浩一さん、於菊役を今は亡き岡田有希子さんが演じていました。この真田丸では三九郎の出番はあるのでしょうか。まだキャスト発表はされていませんが、これから追加で出るかもしれませんのでそこにも注目ですね。

長崎元家(松田賢二)

ながさきもといえ。天文七年(1538年)生まれ。

滝川一益の家臣として甲斐・武田攻めなどに従軍する。本能寺の変後、秀吉によって所領を没収された一益の下を去り、織田信長の次男・信雄に仕える。その後は天下人となった豊臣秀吉の家臣となる。

豊臣秀吉の命によって、秀吉の正室・北政所の甥である小早川秀秋の家臣となると、文禄・慶長の役に参戦し、戦功を挙げる。

慶長五年(1600年)に起きた「関ヶ原の戦い」では西軍の主力部隊として参加しながら、東軍に寝返った小早川秀秋の使者として、家康に西軍裏切りの意向を伝えたという。

秀秋の病死によって小早川家が断絶した後は徳川家康に仕えたという。

慶長十五年(1610年)死去。享年73。

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あまり知られていませんが、なかなか立ち回りの上手な武将ですね。それは経歴を見れば明らかです。滝川一益→織田信雄→豊臣秀吉→小早川秀秋→徳川家康ですからね(笑)。しかし、滝川家と小早川家の場合はお家が無くなったのですから他に移るのは当然ですし、秀吉の下を去ったのは秀吉の命令ですからね。この武将の一番優れていたのは時代の次の権力者を見極める才と言ってもいいのかもしれません。

どちらにせよ、この経歴から見るとこの「真田丸」の中でも長きにわたって登場する人物となりそうです。序盤は「天正壬午の乱」、後半は「関ヶ原の戦い」といった感じでしょうか。

そんな世渡り上手(笑)な長崎元家を演じるのが、渋い中堅俳優・松田賢二。辺見えみりさんの旦那さんですね。大河ドラマは初登場です。

若い人たちには仮面ライダー響鬼に出ていた仮面ライダー斬鬼役と言えば分かりやすいでしょうか。ちなみにわたしのような麻雀ファンには非常になじみ深い俳優さんです。麻雀を題材にしたVシネの常連さんでもあります。「天牌-TENPAI-」の入星祥吾役や「外伝 麻雀放浪記」の坊や哲役、「むこうぶち」では恐らく主人公の傀(かい)を最も苦しめたであろう秀を演じていました。この人は打ち方がハンパなくカッコイイんです。恐らくリアルでも相当な打ち手のはずです(笑)。是非一度お手合わせ願いたいですね。

顔も苦み走ったいい男ですが、声がまた渋いんですよね。時代劇は絶対にハマるはずです。実際、上川隆也主演の舞台「真田十勇士」では十勇士の一人、由利鎌之助役を好演なさっていました。一筋縄ではいかない長崎元家の出番が楽しみですね。

森長可(谷田歩)

もりながよし。永禄元年(1558年)生まれ。織田家の重臣・森可成(もりよしなり)の次男。本能寺の変で織田信長とともに討ち死にした森蘭丸、坊丸、力丸の兄。

父・森可成が元亀元年(1570年)に起こった「宇佐山城の戦い」で戦死したため、わずか13歳で森家の家督を継ぐ。父・可成は信長の盾となって浅井・朝倉の大軍を一手に引き受け、時間を稼ぎ信長を救って散った忠臣であった。それ故に、森家に対して信長は終生譜代の家臣以上の扱いをしたと言われており、可成の息子である蘭丸、坊丸、力丸を小姓として側において育てた他、森家を継いだ長可に対しても若輩の身でありながら重臣同様に扱ったという。

「第二次長島一向一揆」で初陣を飾った長可は、その後も「長篠の戦い」、「摂津石山本願寺攻め」、「三木合戦」などに参加し手柄を立てる。

そして天正十年(1582年)の甲州武田勝頼征伐においては先鋒隊を務め、信濃で戦う。この功により、武田家滅亡後は信濃海津城20万石を与えられた。その後、上杉景勝と戦っていた柴田勝家の救援に向かった長可は、上杉家の本城・春日山城に迫り、結果的に柴田勝家の越中攻めを成功させている。

そんなさ中、「本能寺の変」が勃発。領国を出て戦っていた長可は窮地に陥る。本拠地である信濃では旧武田家家臣が、出浦昌相以外全員裏切ったのである。しかし人質を盾になんとか危機を乗り越えて旧領である美濃国・金山城へと退却する。ただ一人裏切らずに自分の退却を手助けした出浦昌相には感謝の印として脇差しを授けたという。

しかし、退却した金山城も織田家を裏切った勢力に囲まれており、四面楚歌であった。長可はこれを各個撃破する事を決断し、わずか11か月の短期間で敵対勢力を根こそぎ壊滅させ、東美濃を統一する。

天正十二年(1584年)には実質的に織田家の後継者となった羽柴秀吉と、織田信長の次男・織田信雄を擁する徳川家康とが激突した「小牧長久手の戦い」が起きる。秀吉軍に加わった長可は羽柴郡の中心として奮戦するも、三河国中入り部隊総大将の羽柴秀次の敗走によって徳川軍に退路を断たれ、岳父・池田恒興とともに徳川軍に突撃、眉間を鉄砲で打ち抜かれて討ち死にした。享年27。

 

早死にしたため、現在では知る人ぞ知る武将となっていますが、紛れもない猛将です。小牧長久手で戦死していなければ、後世では戦国一とも言われている徳川四天王の本多忠勝あたりと並び称されるほどの武将となっていたかもしれません。森長可と池田恒興を惜しんだ秀吉は、その原因となった甥の秀次を激しく叱責したと言われています。それほどの武将だったのです。

まさに歴史に埋もれてしまった名将の典型のようなこの森長可ですが、演じるのは谷田歩(たにだあゆみ)さん。大河ドラマは2011年の「江~姫たちの戦国~」以来5年ぶり2回目となります。前クールで高視聴率を誇った「下町ロケット」にも佃製作所の営業第二部・唐木田部長役で出演していましたね。

1975年生まれの40歳。身長183㎝の長身で、彫りの深い日本人離れしたワイルドなイケメン俳優さんです。ちなみに結婚していて子供もいらっしゃるそうです(女性ファンの皆さん、残念!)。

若くして散った悲劇の勇将・森長可にピッタリの俳優さんじゃないでしょうか。谷田さんの熱演で是非この森長可にもう一度スポットライトを当ててあげてもらいたいと強く思いますね。

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