【真田丸ネタバレ】太閤秀吉の嫡男・豊臣秀頼は有能?無能?才女・小野お通(おののおつう)は真田信之の不倫相手?

いよいよ関ヶ原の戦いが終わって、残る大戦は真田信繁が乾坤一擲の戦いを挑んだ大坂の陣を残すのみとなったNHK大河ドラマ真田丸。

物語も最終盤を迎えていよいよ大坂の陣で豊臣方の指揮を執る、太閤豊臣秀吉の嫡男・豊臣秀頼が成長した若武者となって登場。

そして上田城で父弟と別れて徳川家臣としての道を歩むこととなった真田信之の心のよりどころとなる江戸時代初期の才女・小野お通(おののおつう)も登場。

ここではこの2人について詳しくご紹介したいと思います。

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豊臣秀頼(とよとみひでより) 演:中川大志

豊臣秀頼の略歴 誕生~関ヶ原の戦い

幼名は拾丸(ひろいまる)。官位は正二位・右大臣など。右大臣の官職から右府(うふ)と呼ばれたという説も。

文禄二年(1593年)に太閤豊臣秀吉と側室・茶々(淀殿)の三男として大坂城に生まれる。長兄・石松丸と次兄・鶴松は早逝していたため、生まれた時から豊臣家の嫡男としての運命が定められていた。

秀頼が3歳だった文禄四年(1595年)には、秀吉の甥にあたる時の関白・豊臣秀次が自刃。一族も全て根絶やしにされたため、秀頼の将来の関白就任及び豊臣家当主の座が確定した事となる。

慶長元年(1596年)に元服して豊臣藤吉郎秀頼と名を改めると、父・秀吉は秀頼を補佐するために五大老・五奉行の制度を確立させ、豊臣家の支配体制を有力大名による合議制へと変化させていく。

慶長三年(1598年)に豊臣秀吉が没すると、徳川家康の台頭によって五大老・五奉行制は形骸化し、豊臣政権内での対立構造が浮き彫りとなる。

慶長五年(1600年)には、総大将に毛利輝元を担ぎあげた石田三成率いる西軍と、徳川家康率いる東軍との間で天下分け目の「関ヶ原の戦い」が勃発。

豊臣秀頼は西軍総大将である毛利輝元とともに大坂城にあったが、関ヶ原では石田三成が惨敗を喫し、毛利輝元も大坂城を退去、徳川家康が大坂城へ入城して実権は完全に家康が掌握。

その後家康は征夷大将軍に任ぜられて江戸に徳川幕府を開き、実質上の武家のトップに立った。豊臣家は65万石の一大名へと成り下がったのである。

しかし依然として豊臣家を慕う大名は全国に存在しており、秀吉が築いた五摂家の一つの公家という立場もあり、徳川政権内では他大名を凌駕するほどの権威を保っていた。

豊臣秀頼の略歴 徳川幕府時代~大坂の陣

慶長八年(1603年)には、かねてより婚約者という立場であった徳川秀忠の娘・千姫と正式に結婚。

慶長十六年(1611年)には、後陽成天皇から後水尾天皇への譲位に際して、初めて豊臣秀頼と徳川家康が京都二条城で会見。秀頼上洛の際の道中の警護は、豊臣秀吉以来の豊臣恩顧大名の筆頭格でもある加藤清正と浅野幸長が務めた。

しかしそれから間もなくして、警護を務めた程の秀頼派であった加藤清正と浅野幸長が相次いで病気で急死。

すると、慶長十九年(1614年)に方広寺鐘銘事件(ほうこうじしょうめいじけん)が起き、豊臣家は徳川家と完全なる敵対状態へとなる。最終的には徳川家臣であり、豊臣家家臣でもある片桐且元をこの事件をきっかけとして豊臣家が独断で処分した事によって家康は豊臣征伐(大阪の役)を決定する事となった。

徳川との戦が決定的となった豊臣家は潤沢な資金で浪人を大勢雇い入れて戦力整備を図る。同時に、豊臣秀吉以来の豊臣恩顧の大名たちにも味方するよう要請するが、諸大名たちの中に豊臣家に味方しようとする者は誰もいなかった。

慶長十九年(1614年)、徳川家康率いる徳川軍は約二十万の大軍で大坂城を包囲。十万の豊臣方は籠城戦を選択した。天下の名城・大坂城攻略に手こずった徳川軍であったが、鉄砲による不眠での疲労や大砲による城内の女の犠牲などによって疲弊した豊臣家と和議が成立。

和議の条件は大坂城の外堀を埋めて二の丸、三の丸を破壊するというものなどであった。和議が成立した後は、大坂城は本丸のみという姿になり、完全に籠城機能を失った裸城となってしまった。

翌慶長二十年(1615年)には豊臣方と徳川方に再び不穏な空気が流れ始め、徳川は豊臣に対して浪人の解雇か秀頼の移封を命じるが豊臣家はこれを拒否。ここに交渉は決裂し、大坂夏の陣へと突入した。

籠城戦を選択できない豊臣方は野戦で徳川家を迎え撃つが、多勢に無勢。後藤又兵衛や真田信繁、毛利勝永らの奮戦はあったが徐々に戦況は不利となり、遂に5月7日には徳川の大軍が大坂城へと攻めかかる。

秀頼は家康の孫娘である正室・千姫を城から脱出させて助命嘆願に向かわせるが、徳川家は助命を許さず、秀頼は大坂城の籾蔵の中で母・淀殿や家臣・侍女らとともに自害して果てた。享年23。


豊臣秀頼は有能か無能か?実力を発揮する機会が与えられなかった悲劇の武将?

この豊臣秀頼に関しては評価が真っ二つに分かれていると言っても過言ではないでしょう。

豊臣家を滅亡においやった無能なボンボンという評価と、斜陽の豊臣家にあって家康に危機感を抱かせるほどの立派な若武者であったという評価です。

人物像については、かなり大柄な人物であったと言われています。身長も体重も当時の日本人離れした体格であったという話です。今で言うと関取のような体型といえばいいのでしょうか。

二条城で謁見した家康がその醸し出すオーラに脅威を覚えて豊臣家征伐を決意したという説もありますが、本当のところは分かりません。

ただ一つはっきりしているのは、秀頼が大切に大切に育てられた御曹司であった事だけは間違いないでしょう。結局秀頼は大坂の陣において一度も戦をしませんでした。大将が一度も戦場に出なかったのです。これでは戦っている兵の士気など上がるはずもありません。

ただしこれをもって秀頼が愚鈍と断定するのも気の毒な気がしますね。秀頼自身は立派な武者だったかもしれませんが、いかんせん取り巻きが力を持ちすぎていました。母の淀殿と、豊臣家の実務トップである大野治長です。この2人に担がれおり、豊臣家当主である秀頼に実権はほとんど無かったというのが現在での豊臣家の主要な説となっています。

豊臣秀吉とはまた違った意味での大人物としてのオーラは間違いなく持っていたと言われている秀頼。大将としての器は兼ね備えていたのでしょうが、置かれた環境によってその才能を発揮する機会さえ与えられなかったというのが最も真実に近いのではないでしょうか。やはり、巷で言われているように悲運の当主と言えますよね。

映画「半次郎」で光った中川大志さんが豊臣家の御曹司をどう演じる?

徳川家康によってわずか23歳の生涯を閉じた豊臣家最後の当主・豊臣秀頼を演じるのが中川大志さん。大河ドラマは2011年の「江」、2012年の「平清盛」に続いて4年ぶり3度目の出演となります。

平清盛は非常に大好きな大河ドラマだったので毎週見ていたのですが、源頼朝の幼少期の役で出ていたんですね(成人後は岡田将生)。ごめんなさい、あまりハッキリと顔覚えていません(爆汗)。

と思ったら、なんと映画デビューはあの「半次郎」じゃあないですか!

真田丸に穴山梅雪役で出演された榎木孝明さんが企画・主演した2010年公開の名作映画です。あの「半次郎」に出ていた少年兵役ですか、そうですかそうですか。

いや、こっちははっきりと覚えています。実に目力のある子役だったのでしっかりと印象に残っていますね。あの子がもう18歳になるんですね。当時から少年らしからぬ演技力を備えた実力者でした。これは素晴らしい豊臣秀頼になりそうですね。

この配役を見ると、三谷幸喜はやはり秀頼をただ凡庸な人物に描くつもりはなさそうです。徳川家康も警戒して豊臣を潰さねばならないと決意させるほどの立派な若者として描くのではないでしょうか。

同じく二代目として異彩を放っている徳川家康の嫡男・徳川秀忠役の星野源さんとの二代目対決も見ものですね。全く対照的な二代目となりそうです。

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小野お通(おののおつう) 演:八木亜希子

小野お通の略歴

生年は永禄十年(1568年)という説が有力だが諸説あり、出自を始めとして謎の多い人物である。

公家の近衛信尹(このえのぶただ)の元で書を学んだと言われている。信尹は本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)、松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)と並んで寛永の三筆と呼ばれるほどの書の大家であった。

お通の作として残されているものに、歌仙手鑑や醍醐花見短籍などがあり、当代きっての女性書道家であり、お通流とまで呼ばれたと言われている。書の他にも詩歌や画、琴などにも秀でており、この時代を代表する才女として有名である。

信州上田の真田家当主・真田信之(信幸)の次男であり、信州松代藩二代目藩主の真田信政の側室である宗鑑尼は、小野お通の娘だとされており、信政との間に生まれた真田信就は旗本・真田家の始祖となった。

一説では真田信之は小野お通に密かに想いを寄せていたという逸話もあるが、裏付ける確かな資料は無い。小説やドラマなどでは恋愛関係を示唆するものもあるが、創作であるといえる。

没年は元和二年(1616年)という説や寛永八年(1631年)という説があるが、これも不明である。小野お通の墓所は広徳寺にある。広徳寺は真田家にもゆかりの深い寺として有名である。

謎多き才女を元フジアナの八木亜希子がどう演じる?

謎多き才女。うーん、これだけで興味を惹かれてしまう存在ですね(笑)。

池波正太郎原作でNHKで放送された「真田太平記」では竹下景子さんが演じられて一躍有名になった女性でもありますね。本当に知的な女性という感じではまり役でした。

今回の真田丸で小野お通を演じるのが元フジテレビアナウンサーで、現在はフリーアナウンサー、そして最近は女優としても活動している八木亜希子さん。大河ドラマは初出演となります。

今や三谷幸喜作品の常連としてすっかり板についてきましたね。「みんなの家」や「The 有頂天ホテル」、「オリエント急行殺人事件」などの三谷作品では独特の存在感を発揮していました。

NHKもあの大ヒット朝ドラの「あまちゃん」に出演するなど、今では本業のアナウンサー業よりも女優業の方が板についてきていると言ってもいいほどの活躍ぶりです。

当て書き(事前に演じる俳優さんをイメージして脚本を書く事)で有名な三谷幸喜の事ですから、当然この小野お通も八木亜希子仕様のお通になっている事でしょう。どんな才女となるのか?また一つ真田丸の楽しみが増えましたね(笑)。

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