セイントフォーのメガネ美人は誰?岩間沙織、濱田のり子、鈴木幸恵に人気声優まで・・何故か売れなかった悲運のアイドル

1970年代にキャンディーズやピンクレディ、中三トリオや御三家(郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎)が登場し、1980年代に入ってからはさらにさまざまなアイドルが登場してまさに黄金時代を迎えた日本の芸能界におけるアイドル事情。

1990年代に入ってアイドル氷河期に入る前の1980年代こそ、まさにアイドルが百花繚乱したアイドル全盛期であったことは間違いないでしょう。

ここではそんなアイドル全盛期にデビューしたセイントフォーをご紹介しましょう。

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ルックス良しステージ良し!なのにブレイクできなかった不運のアイドル・セイントフォー

セイントフォーは1984年にシングル「不思議Tokyoシンデレラ」でデビューを飾った4人組の女性アイドルグループです。デビュー時のメンバーは岩間沙織、濱田のり子、鈴木幸恵、板谷祐三子の4人。その後、最年少メンバーである板谷が脱退して代わりに最年少メンバーであるいわお潤が加入しますが、いわおも程なくして脱退。セイントフォーは2年強のアイドルとしての活動に終止符を打ったのです。

その活動内容はシングル曲が4枚、アルバムが5枚(ベスト盤等を含む)というものでした。シングルでの最高位は2ndシングルの「太陽を抱きしめろ」の15位と、オリコンチャート的にも決して大ヒットとはいえませんでした(売り上げ最高も「太陽を抱きしめろ」の約6万2千枚)。

しかし、実績だけ見れば確かにパッとしないアイドルだったのかもしれませんが、彼女たちが残したインパクトは一流アイドルたちに勝るとも劣らない強烈なものがありました。少なくともリアルタイムで彼女たちを知っていたわたしやその周囲の男子たちにとってはそうでした。

時はまだおニャン子クラブが出てくる少し前の事。そんな中で彼女たちの登場はセンセーショナルなものでした。何故か??

まずはそのルックス。とにかく全員レベルが高い!!ソロでも十分に通用するほどの4人のルックスの良さがまずは売り。そしてそんな正統派アイドルたちがいざパフォーマンスとなったらバク宙したり側転したり、とにかくアクロバティックに動き回るのです(特にデビュー直後あたりの頃ッス)。衣装はピッチピチのレオタード。一歩間違えばエアロビなんですが(苦笑)、そんなアイドルぽいようなぽくないような微妙なラインがまたたまらなかったりするんですよねえ(笑)。

ともかく彼女たちはもっともっと売れてもおかしくなかったと思いますね。所属事務所とレコード会社とのトラブルに巻き込まれて活動休止を余儀なくされるなど、とにかくついていないアイドルだったというのが悔やまれますね。ひとつ歯車が噛み合っていれば・・と未だに思わせてくれる程のスケール感を持ったアイドルでしたね。

華麗なる側宙、訪問介護士の資格も持つ岩間沙織(いわまさおり)

そんな悲劇のアイドル、セイントフォーのメンバーのプロフィールをご紹介していきましょう。

名   前:岩間沙織
生年月日 :1964年(昭和39年)7月7日
出   身:神奈川県横須賀市
血 液 型:O型
イメージ色:グリーン
立ち位置 :向かって右
呼 び 名:ファッショナブル・サオリ
担   当:コーラス&バックダンス
得 意 技:側宙

グループ結成時からデビューまでの2年間リーダーを務めたのがこの岩間沙織さんです。詳しくはわかりませんが、恐らく当時のセイントフォーの中でもかなりの人気メンバーだったはずです。てか一番人気だったかもしれません。少なくともうちらの間ではメチャクチャ人気ありましたね。

今でも芸能界で活躍されていますが、芸能活動と並行して訪問介護と介護タクシーの運転手もしていらっしゃいます。これらの様子は爆笑問題と田原俊彦さんがMCを務める「爆報ザ・フライデー」でも取り上げられていましたね。

今でもお綺麗ですが、なんとまだバツなしの独身。まあ美人さんに限ってそんなもんなんですよね(笑)。

フェロモン満載、しかし昔は後方宙返りもする正統派アイドルの濱田のり子

続いては岩間沙織さんとともにセイントフォー解散後は女優として芸能界で活躍してきた濱田のり子さん(セイントフォー当時は浜田範子)です。

名   前:濱田のり子
生年月日 :1965年(昭和40年)2月22日
出   身:埼玉県蓮田市
血 液 型:A型
イメージ色:ピンク
立ち位置 :向かって左から2番目
呼 び 名:ドラマティック・ノリコ
担   当:リードヴォーカル
得 意 技:後方宙返り

濱田のり子さんといえば今でこそフェロモンムンムンのお色気女優さんといったイメージなのですが、どうしてどうして、セイントフォー時代はバリバリの正統派アイドルとして鳴らした存在だったのですよ。

リードヴォーカルを任される程の歌唱力に加えて、バック宙もしちゃうというオールマイティぶり。まさにセイントフォーに入るために生まれてきたような女の子といっていいでしょう。

50歳を超えてもまだまだセクシーさは陰りをみせるどころかますます妖艶になっている感さえある濱田のり子さん。これからもどんどんメディアで見られそうですね。

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長き時を超えて岩間、浜田とともにセイント4として復活した鈴木幸恵

名   前:鈴木幸恵
生年月日 :1966年(昭和41年)5月15日
出   身:神奈川県相模原市
血 液 型:A型
イメージ色:ブルー
立ち位置 :向かって右から2番目
呼 び 名:エキサイティング・ユキエ
担   当:リードヴォーカル
得 意 技:ピルエット(バレエの回転)

セイントフォー解散後は同じくリードヴォーカルを取った濱田のり子さんとユニット、ピンクジャガーを結成して行動を共にしたのがこの鈴木幸恵さん。そしてその後同じバンドメンバーと結婚して芸能界を引退。2児の母となった現在は再び表舞台にも姿を現し、旧メンとも親交を温めていらっしゃいます。うーん、セイントファンには何とも嬉しい現実じゃありませんか(笑)。

実は岩間沙織、濱田のり子、吉田幸恵の元セイントフォーの三人は、2013年にセイントフォーとして限定復活、ライブも行っています。その後も本人たちのブログなどで交流が紹介されるなど、こちらの三人の間は完全に昔のセイントフォーモードといっても過言ではないのかもしれませんね。

眼鏡っ子で健康的な人気者、板谷祐三子(いたやゆみこ)は今どこに?

さて、ここで脱退したメンバーもご紹介しておきましょう。まずはオリメンでありながら最初に脱退してしまったこの人から。

名   前:板谷祐三子
生年月日 :1968年(昭和43年)3月5日
出   身:神奈川県茅ヶ崎市
血 液 型:O型
イメージ色:レッド
立ち位置 :向かって左
呼 び 名:パッショネート・ユミコ
担   当:コーラス&バックダンス
得 意 技:バック転&前方倒立回転

ご存知、セイントフォーのメガネっ子、板谷祐三子さんです。ぶっちゃけ個人的にはこの子が断トツ好きでした(汗)。ちなみに私の周囲でもやっぱりこの子が一番人気でした。全国的な需要はぶっちゃけわかりませんが、かなりの人気メンだったことだけは間違いないと思います。

ちょっとむっちりした体型にもかかわらずキレッキレのダンス、そして童顔で眼鏡っ子。まあ人気出るでしょうね。同じようなタイプのアイドルはいませんでしたからね。

セイントフォー脱退後はしばらくグラビアや女優さんなどの仕事をしていましたが、ほどなくして芸能界を引退。現在は結婚してお子さんもいるという事のようです。

ちなみに2013年に再結成した浜田、岩間、鈴木の三人のメンバーによると、今では板谷とは完全な音信不通状態になってしまっているとの事です。不仲とかそういう事ではなく、全く連絡がつかない、という状態という事ですね。それくらい芸能界とは全く関係のない生活を送っているという事でしょう。残念ですが致し方なしといったところでしょうか。

人気声優、岩男潤子もセイントメンバーだった?オリメンでの再結成の可能性は板谷次第

そしてもう一人、板谷の代わりに加入したこの人。

名   前:岩男潤子(当時の芸名はいわお潤)
生年月日 :1970年(昭和45年)2月18日
出   身:大分県別府市
血 液 型:AB型
イメージ色:レッド

現在ではナレーター、声優、そして歌手として大活躍している岩男潤子さん。この人が昔セイントフォーだったというのは意外と知られていないのではないでしょうか。

残念ながら岩男さんに関してはセイントフォーと関わる可能性は低そうです。まあでも仕方ないっちゃ仕方ないかもしれませんね。殆どの人にとって、セイントフォーといえば板谷佑三子さんですからね。

というわけで、なんとか板谷さんを含めて4人そろったセイントフォーが見たいのです。ええ、誰が何といおうと見たいのです。しかも出来れば板谷さんには当時と同じ眼鏡をかけて復活してほしいのです!!(何フェチだよw)。

ともかくそのためには板谷さんとコンタクトを取れなければなりません。板谷さん、万が一にもこの記事を見ていたのであれば、セイントフォー復活のためにひと肌脱いでいただけませんでしょうか。よろしくお願い致します(いやホントにね)。

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