【動画有】デビー・ギブソン、マルティカ、ティファニーのアメリカ三人娘の栄光 その名曲は永遠に

1980年代後半、アメリカのヒットチャートを席巻した同世代の3人の歌姫がいました。

彼女たちはデビューして間もなく、ルックスと才能に裏打ちされた優れた音楽性によってあっという間にミュージックシーンのトップに立ちました。

そして彼女たちはここ日本でも人気を博し、ここ日本ではその三人の女性たちの事を「ティーンエイジ・アイドル」と呼び、彼女たちの活躍は「第一次ティーンエイジ・アイドル・ブーム」と呼ばれました。

ここではそんな三人の歌姫たちについてご紹介したいと思います。

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ティファニー Tiffany

本  名:ティファニー・レニー・ダーウィッシュ
生年月日:1971年10月2日
出  身:アメリカ・カリフォルニア州ノーウォーク
デビュー:1987年

三人娘の中で最も早くブレイクしたのがこのティファ二―です。

デビューは1987年で、ティファニーは弱冠15歳。子供のころからその歌唱力は抜群で、全国各地ののど自慢コンテストで優勝しまくっていたという事は有名です。そのおかげで子供ながら相当稼いでいたと言われています。

いってみれば、歌手としてはエリートの部類に入るアーティストでしょう。ファーストアルバム「ティファニー」からの2ndシングルとなった「I Think We’re Alone Now」(邦題:二人の世界)はあっという間にMTVやラジオでへヴィ・ローテーションとなって、ビルボードチャートの1位に輝きます。

そして、続く3rdシングルの「Could’ve Been」(邦題:思い出に抱かれて)も2作連続の全米1位。これによってティファニーの人気は決定的なものとなるのです。

卓越した歌唱力に加えて、そのアイドル然とした美形でアメリカだけにとどまらず、ヨーロッパやこの日本でも一気に人気に火が付き、世界的な人気を手にしてしまいました。まだわずか17歳。日本で言えば高校二年生の少女が、です。

1988年(昭和63年)には初来日公演を行って大成功を収めました。そしてこの頃には1歳年上のデビー・ギブソンとのライバル関係がアメリカのメディアを騒がせていましたね。ここ日本でも人気を二分していました(ちなみに自分の周りの男子は圧倒的にティファニーファン多し笑)。

しかしその後は彼女の両親とマネージャーが裁判で争ったり、前座で起用したニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックに人気を奪われ、さらにニューキッズのメンバーとの交際が明らかになるなどというゴシップが噴出。そんな中発売された2ndアルバムの「Hold an Old Friend’s Hand」はダブルミリオンこそ達成したものの、全米1位となったファーストアルバムの売り上げには遠く及ばず、ヒットシングルにも恵まれませんでした。

ここに至って、ライバル関係と目されていたデビー・ギブソンとの差は決定的となってしまったのです。

その後も何枚かアルバムをリリースして巻き返しを図りますが、アルバムのセールスは落ち込むばかりとなって、ついにティファニーはシーンから完全に姿を消す事となってしまいました。

2000年に復活後はクラブなどで地道に活動を続け、2007年に発売したシングル「Higher」、翌年の「Just Another Day」はダンスチャートで上位に入るスマッシュヒットとなりました。近年は女優としても活動しているようで、かつてのライバルと言われたデビー・ギブソン(デボラ・ギブソンに改名)とも映画で共演したと一時は話題になりましたね。

ルックス的にはかなりふくよかになってしまった感のあるティファニーですが(苦笑)、その歌唱力は相変わらず健在です。もう一度ブレイクしてほしい歌手の一人ですよね。

デビー・ギブソン(デボラ・ギブソン) Debbie Gibson(Deborah Gibson)

本  名:デボラ・アン・ギブソン
生年月日:1970年8月31日
出  身:アメリカ・ニューヨーク州ブルックリン
デビュー:1986年

第一次ティーンエイジ・アイドル・ムーブメントでブレイクしたアイドルたちの中で最も早くデビューしたのがこのデビー・ギブソンです。

彼女がこのアイドル・ムーブメントの歌手たちの中で異端の存在であったのが、彼女が歌い手としての能力だけでなく、作曲能力に恵まれていたという点でしょう。最もアーティストとしての側面が強いのがこのデビー・ギブソンなのです。

そんなデビー本人の曲として大ヒットし、自身初の全米ナンバーワンヒットとなった曲がこの「フーリッシュ・ビート(Foolish Beat)」です。

この曲は日本でも大ヒットし、よく知られている曲ですね。1988年のテレビドラマ「太陽の犬」の主題歌として使用された、野崎沙穂さんの「眠れぬ夜を過ぎて」はこの「フーリッシュ・ビート」のカバー曲です。

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そして1989年に発売したアルバム「エレクトリック・ユース」は彼女自身最大のヒットアルバムとなり、シングルでは「ロスト・イン・ユア・アイズ( Lost In Your Eyes)」が全米1位を獲得するなど、名実ともに全米を代表する女性アーティストへと成長を遂げます。ライバルとして騒がれたティファニーが2ndアルバムで大失速したのとはまさに対照的といってもいい躍進でしたね。

デビーは非常に親日歌手としても有名ですね。1988年には自身の作った曲を日本の歌手である麗美に楽曲提供したり、1990年には日本のテレビドラマ「男について」の主題歌「ウィズアウト・ユー」を歌いました。何と、作詞デビー・ギブソン、作曲山下達郎という夢のコンビです。この曲は海外のデビーファンにも好意的に受け入れられたのですが、日本限定発売だったので、海外のファンにとっては非常にレアな楽曲として知られています。

これらの日本限定での活動は全てデビーの全盛期のものです。少し本国で人気が落ちてから日本で・・というアーティストはよくいますが、アメリカで絶大な人気を誇った歌手のこういった活動は本当に珍しいですね。デビーの日本好きが見て取れるエピソードです。

しかしそんなデビーも3rdアルバム以降は伸び悩みます。

以前ほどの売り上げとはいかないまでも、地道に作品のリリースを重ねていき、ミュージカル女優としても活動、名もデボラ・ギブソンへと変えて地に足をつけた活動を続けていきました。

2010年には日本限定発売の「MS.VOCALIST」というカバーアルバムを発表。このアルバムは福山雅治、ミスチル、サザン、スピッツ、尾崎豊など、日本の名曲をデビーがカヴァーしたアルバムであり、日本のファンにデビー健在を印象付ける事となりました。

現在でもミュージシャンとして、女優として精力的に活動中のデボラ・ギブソン。年は重ねてもまだまだその才能に衰えは見られませんね。

では最後にデビーの曲の中で私が一番好きな曲を。今でも十分通用する名曲だと思います。

マルティカ Martika

本  名:マルタ・マレーロ
生年月日:1969年5月18日
出  身:アメリカ・カリフォルニア州
デビュー:1988年

ティーンエイジ・アイドル三人娘のトリを飾るのがこのマルティカ。三人の中では最も年上ですが、デビューは一番遅いという、まさに遅れてきた大物です。

ルックスは典型的なアメリカの美少女といった感のあるティファニー、デビーとは対照的なショートボブで活動的な大人っぽい容姿。これはマルティカの両親がキューバ移民であるというのも大きく影響しているのかもしれません。どこか神秘的なものを感じさせるルックスでもありますね。

幼少期から子役として業界経験のあったマルティカは1988年にアルバム「マルティカ」でデビュー。

そして彼女の人気を決定付けたのがこの曲、全米1位を獲得した大ヒット曲「トイ・ソルジャー(Toy Soldiers)邦題:おもちゃの兵隊」。

うーん、懐かしい(笑)。やっぱお嬢様って感じのデビー、ティファニーとは一線を画していますね。「いい女」って感じですな。

この曲は日本でもカバーされましたね。2000年のTBS系テレビドラマ「QUIZ」の主題歌となった希良梨(きらり)さんの「Toy Soldiers」ですね。当時をリアルタイムで知らない世代でもサビを聞けば聞いた事あるって人も多いのではないでしょうか。今でもあちこちで使われている曲です。

しかし1991年にプリンスとの共作として大いに期待されたアルバム「Martika’s Kitchen」がセールス的には大失敗。以降は目立った活動が無くなってしまいます。

奇しくも80年代後半には猛威を振るったティーンエイジ・アイドル・ムーヴメントを代表するティファ二―、デビー・ギブソン、マルティカは90年代に入ると揃って第一線から退く事となってしまいます。

マルティカはその後、2003年にバンド「オペラ」を結成します。現時点ではアルバムのリリースは10年以上ないものの、アメリカではライブ活動をしているようで、地道に音楽活動は続けているものと思われます。

なんとかもう一度シーンの表舞台に戻ってきてもらいたいミュージシャンの一人ですね。

それでは最後に、マルティカの「トイソルジャー」と並ぶ名曲、「I Feel The Earth Move」をご紹介しましょう。個人的にはこの曲が一番好きですね。

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