[直虎キャスト]徳川四天王筆頭・酒井忠次(さかいただつぐ)は有能だが地味?井伊直政にも劣らぬ三河武士

2017年のNHK大河ドラマ、「おんな城主 直虎」の主人公は柴咲コウさん演じる井伊直虎ですが、この直虎は後に徳川家康の天下取りに大きく貢献した徳川家重臣の井伊直政を後見した人物です。度重なる当主の非業の死を乗り越えて、井伊直政は彦根藩の藩祖となって井伊家中興の祖とも呼ばれる存在となりました。

そんな井伊直政の異名の一つに「徳川四天王」というものがあります。読んで字のごとく、徳川家を代表する四人の武将の事を言うのですが、ここではそんな徳川四天王の一人、酒井忠次をご紹介します。

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徳川家四天王・酒井忠次(さかいただつぐ)の生涯、略歴

大永七年(1527年)、三河国松平氏(後の徳川氏)の重臣・酒井忠親の次男として三河国額田郡井田城(現在の愛知県岡崎市井田町)に生まれる。母は不明。幼名を小平次。通称を酒井左衛門尉。別名を小五郎。隠居した後は一智と号した。

酒井家の主君・松平家第八代当主松平広忠が今川義元に臣従して嫡男の竹千代が人質として駿府へと送られると、酒井忠次も従者最年長者として付き従う。竹千代が今川家で成人して松平元信と改名した後も元信家臣として様々な合戦などで功を挙げる。

永禄三年(1560年)、桶狭間の戦いで今川義元が尾張の織田信長に討ち取られて松平元信(元康→徳川家康に改名)が独立すると忠次は徳川家家老として三河一向一揆鎮圧などに当たり、武田信玄の駿河侵攻では徳川家の代表として、武田家との交渉を任される。その後は織田軍との共同軍で戦った姉川の戦いや三方が原の戦い、長篠の戦いにも主力として参加し、戦功を挙げた。これらの活躍ぶりから、徳川家内では同じく譜代の家臣であった石川数正とともに徳川家の両輪と目されることとなる。

天正七年(1579年)の信康事件においては、織田信長の詰問に対して家康の嫡男・松平信康の潔白を証明することが出来ずに結果、信康切腹・瀬名(築山殿)粛清の原因を作ったとされているが、この信康事件の真相については諸説ありハッキリしない部分も多い。

本能寺の変後の徳川家康と羽柴秀吉との争いである、小牧長久手の戦いでは徳川家主力軍を率いて、鬼武蔵と呼ばれた猛将・森長可軍を撃退した。

石川数正が豊臣秀吉の元へと去った後は、忠次が名実ともに徳川家第一の家臣となり、後には本多忠勝榊原康政井伊直政とともに徳川四天王と呼ばれることとなった。

天正十六年(1588年)には嫡男の酒井家次に家督を譲り、豊臣秀吉から贈られた京都桜井屋敷に隠居する。慶長元年(1596年)に京都で没した。享年70。墓所は京都東山区の知恩院先求院にある。

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戦国ファン以外からも人気が高い“蜻蛉切”本多忠勝と“赤備え”井伊直政

徳川家康が竹千代であった幼少期から松平家(徳川家)譜代の家臣として仕えた忠臣がこの酒井忠次です。

歴史ファンからは、徳川四天王の一人としてあまりにも有名な武将ですね。

歴史ファンからはとても有名な徳川四天王ですが、一般的な知名度という点では同じ四天王でもかなり格差があるといっていいかもしれません。

徳川四天王で最も人気のある武将といえば、やはり本多忠勝(ほんだただかつ)でしょう。徳川最強、いや戦国時代でも最強を争うという声が上がる程の猛将です。生涯戦場で傷を負ったことすらないといわれ、その名は名槍・蜻蛉切(とんぼきり)とともに鳴り響いています。

次に有名なのが、「おんな城主直虎」での影の主人公ともいえる井伊直政でしょう。武田軍の強さの象徴である「赤備え」を引き継ぎ、関ケ原の戦い等ではその強さをいかんなく見せつけました。戦だけではなく、外交や内政、謀略にも長けた万能の有能さは徳川家においても替えの利かない程の存在でした。

本多平八郎忠勝は昨年の大河ドラマ「真田丸」で、真田信之の舅として描かれ、藤岡弘、さんの名演で一般の人たちにも知名度が飛躍的に上がりましたよね。井伊直政については、今年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」によって人気・知名度ともメジャー武将の仲間入りをすることでしょう。

榊原康政と酒井忠次の知名度の低さは関ヶ原の戦い不参加も大きな原因?

徳川四天王三人目は榊原康政。この榊原康政は先にご紹介した本多忠勝と同年齢の武将で、本多忠勝とともに徳川家の武の柱として敵将を恐れさせた勇将です。

ぶっちゃけますと、榊原康政は一般の人たちには本多忠勝や井伊直政より知名度は低いといえるでしょう。そして酒井忠次も榊原康政と似たような知名度なのではないでしょうか。

このように、酒井忠次という人物は、四天王の他の三人よりも20歳以上年長という事もあって、徳川家が今川家に従属していた時代から家康を支え続けてきた、まさに徳川家股肱之臣といってもいい存在です。その功績は個人的には他の三人よりも高いと思っています。ですが高齢であったがゆえに家康が天下人となる前に死去してしまったというのも、酒井忠次の知名度の低さに影響しているといえます。

そして本多忠勝・井伊直政とこの酒井忠次、榊原康政との一番の差、それは関ヶ原の戦いなのではないでしょうか。

本多忠勝と井伊直政は、関ケ原の戦いの本戦において目覚ましい戦いを見せつけました。一方、榊原康政は中山道を進む徳川秀忠軍に従軍しており、関ヶ原合戦本戦には参加することが出来ませんでした。忠次に至っては、関ヶ原の4年前にこの世を去っているのです。

天下分け目の戦いと呼ばれ、未だに日本史最大の戦として人気の高い関ヶ原の戦い。この史上最大の一戦に参加したか否か、これも戦国武将として一般的に認知される大きな条件の一つといえるのかもしれませんね。


ナイロン100℃、さらに有頂天と筋肉少女帯のドラマーとしても有名なみのすけ演じる酒井忠次

ここまで説明申し上げた通り、徳川家康の前半生においてこの酒井忠次が果たした功績というのは非常に大きいものでした。石川数正とともに不遇の今川家人質であった竹千代時代から徳川家康を支え続けた宿老でした(出奔した数正はちがいますが・・)。

そんな徳川家股肱之臣・酒井忠次を演じるのがみのすけさん。大河ドラマはこの「おんな城主直虎」が初出演となります。

みのすけさんといえば、鬼才・ケラリーノ・サンドロヴィッチが率いるナイロン100℃の劇団員として活躍する個性俳優さんです。ナイロン100℃といえば、大倉孝二さんや三宅弘城さん、峯村リエさんや犬山イヌコさんら、個性派俳優をどんどん輩出している人気劇団ですね。

そしてそんな中でみのすけさんは舞台を中心に映像作品でも活躍。さらにケラリーノ・サンドロヴィッチが率いていた人気バンド・有頂天や筋肉少女帯では美濃介としてドラムスを担当、ミュージシャンとしても有名なのです。

まさにマルチな才能を有するみのすけさん。この「おんな城主直虎」では、酒井忠次を他の四天王の誰よりも輝かせるような名演を期待したいですね。

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