へヴィ・メタル専門誌BURRN!がラウドネス高崎晃を表紙に!国内バンド初の快挙とその歴史など

LOUDNESS高崎晃、日本人として初めてへヴィ・メタル専門誌『BURRN!』表紙に

皆さん、BURRN!って雑誌をご存知ですか?

創刊31年を超える、日本を代表するへヴィ・メタル/ハード・ロック専門の月刊誌であります。

実は、わたくしこの雑誌を1986年頃から11年くらい毎月欠かさず購入して愛読しておりました。

そんな自分からするとこの記事について

「おぉっ、BURRN!がつ、ついに日本人アーティストを表紙に!!」

という驚愕にも似た想いしか出て来ません。

というのも、それくらい自分が愛読していた時代のBURRN!は日本人バンドに対しては冷淡とも取れる雑誌であったからです。

逆に言うと自分が購読を止めてから20年近く経ちますが、未だに日本人バンドは表紙になっていなかったのねっていう意味の驚愕も少しあります(笑)

まあ、恐らくBURRN!読者(以前の愛読者も含む)であれば、多少なりとも感じる所のあるニュースではないかと思われます。

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複雑な内部事情やポリシーなどなど。BURRN!の影響力とは?

このニュースを目にして、改めて現在のBURRN!がどのような状況なのか自分なりに色々とネットで調べてみました。

すると、色々あったんですねぇ、編集内部の諸事情とか、とにかく色々。

なるほど、これまでのBURRN!における日本人アーティストの記事の少なさは初代編集長の方針であり、その初代編集長は内部の反発によってBURRN!に関わる全ての権限が排除され、現在は初代編集長が全く関与していない雑誌作りがなされていると・・・

確かに自分が愛読しているころから、初代編集長って人はかなり偏執的と言いますか、保守的と言いますか、自分の嗜好性や価値観を隠すことなくそのまま誌上に載せていた、かなり自己主張の強い方という印象ですね(BURRN!本誌だけでなく、姉妹誌や個人で出版した書籍などにおいても)

なんか知らないけど一番印象に残ってるのは、バルセロナ五輪で金メダルを取った当時14歳の岩崎恭子ちゃんの「これまで生きてきて一番うれしい」ってインタビュー発言に対して、「たかだか14年しか生きてないくせにうんたらかんたら・・・」って誌面で罵倒してたやつ。

確かに恭子ちゃんのインタビュー見たときに自分も同じような感想を持ちましたけど、14歳の女の子の発言だし、そう思ったとしても、これだけ影響力のあるポジションにいる人間が仮にも不特定多数の読者に対して発信すべき事か?って20歳そこそこの若造だった自分でも思った事ははっきりと覚えてますw(しかも、全く音楽と関係の無い話だし・・・てか、こゆの結構ありました)

それ以外にも、クーデターによって追い出された前編集長の編集長時代にも、編集内部の色々なゴタゴタがそこはかとなく窺い知れるような事が書かれてあったり(これは主に編集後記、特に前編集長のw)して、そういう意味深な内容のコメントが書いてあった場合、ほぼ数か月以内に誰か編集者が辞めたりしていたので、「ああ、あの人の事だったのねw」ってな事があったのも記憶に残ってますね。

おっと、話が脱線しそうなので元に戻しますよ(笑)

とにかく、自分が読んでいた頃のBURRN!という雑誌は良くも悪くもこだわりの強い雑誌でした。

日本のバンドは表紙はおろか、カラーページでのインタビューやライヴレポートも殆どなし。

ハード・ロックバンドとカテゴライズされているバンドでも、売れ線っぽいポップな感じのルックスいいバンド(ポイズンやウォレント、ファスター・プッシーキャットなど)や短髪のバンド(パンテラなど)や短パン履いてるバンド(アンスラックスなど)なんかは、ワールドワイドな人気の割に扱いは小さく、自分の周りにいたアメリカン・ハードロックファンのY田君などはブツブツ文句を言っていたものです(遠い目)。

今の時代ならいざ知らず、当時のこの偏りは日本におけるHM/HRシーンに大きな影響を与えていたのは間違いないと思います。

それほどまでに、良くも悪くも当時のBURRN!という雑誌の持つ影響力は巨大なものであったのです。

インターネットが発達した現在、わたしたちは別に雑誌を見なくても、ネットで調べれば色々なところで色々なアルバムのレビューを読むことが出来ますし、アーティストの来日情報や公演日程に直近のセットリストなんかも知る事が出来ます。

しかし、当時の我々HM/HRファンの情報源は雑誌がメインであり、HM/HR専門誌であるBURRN!におけるそれは、他の音楽雑誌を大きく凌駕するものだったのです。

だからこそ、HM/HRが全世界的にムーヴメントとなった80年代後半から90年代前半にかけてBURRN!は大きく売り上げを伸ばしていったのだと思います。

嘘かホントか知りませんが、レコードショップはHM/HR系のアーティストのアルバムの入荷枚数をBURRN!のアルバムレビューの点数を見て決めていたという噂まであります。

つまり、BURRN!で良い点数がつけられれば、間違いなく売れるからとたくさん入荷するという事です。

これってあながち根拠のない噂などではなく、全ての店がそうではないでしょうがそうしていたお店も結構あったのではないかと自分は思います。

自分もその周りのHM/HRファンたちも、買うか買わないか迷ったときにはBURRN!のレビュー点数やレビュー内容をある程度の判断基準にしていたし、おそらく同じような人たちは沢山いたと確信しています。

日本のHM/HRへの扱いは当時の状況と関係あり??

これについてのBURRN!誌の公式な見解は無いのでわかりません。

しかし、個人的見解ですが、1980年代後半から90年代初頭にかけてのHM/HRを取り巻く日本の環境に多少なりとも関係あると自分は思っているので、当時の状況を簡単に説明しておきます。

全世界的にHM/HRが隆盛の兆しを見せていた1980年代後半に日本で人気のあったバラエティ番組に「天才・たけしの元気が出るテレビ」という番組がありました。

その番組の名物コーナーでヘビメタ企画というものがあり、そこでは無名のHM/HRのミュージシャン(グラムロックっぽいド派手な長髪・ファッション)が色物的扱いを受けながら色々なことをやらされて笑いをとっていました(というより、笑いものにされていたと言うべきでしょうか)。

人気バラエティにおけるこの企画の影響力は大きく、HM/HRにあまり知識がない一般人(もちろん、世間的には圧倒的多数)にとってのHM/HRとは、色物やキワモノとして嘲笑の対象とさえ言えるものであるとの認識を広める結果となったのです。

そして、HM/HRやそのバンド、アーティストたちは、多くの人たちからひとくくりにヘビメタと呼ばれるようになったのです。

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自分は、当時のこのような風潮がBURRN!における日本人バンドの扱いに多少なりとも影響しているのではなかったかと感じています。

当然、ラウドネスやヴァウワウの様に人気と実力を兼ね備えて海外でも評価されていたバンドもあったし、それ以外にもアンセムやフラットバッカー(後のE.Z.O)の様な若手実力派も沢山いました。

しかし、当時の状況で日本のメタルバンドというと、色眼鏡で見る人が多かったのもまた事実なのです。

私事で恐縮なのですが、80年代後半、プロのミュージシャンを目指して上京した自分の2人の親友が帰郷した時の事です。

HM/HRのバンドを結成していた二人は当時、長髪にジーンズといういで立ちでこの鳥取の街をわたしと一緒に歩いてました。

すると、すれ違い様におばさんが

「あ、ヘビメタだ」

と、こちらにも聞こえる声で言ったのです。

失礼過ぎる態度にそのおばさんを睨んでいるわたしに対して、友人の一人は

「いいよ、慣れてるから」

と苦笑いしていました。

このヘビメタという言葉はある意味、HM/HRを愛するファンにとっては当時、差別用語と言っても過言ではないほどの禁句でした。

これはあくまでわたしの推測なのですが、日本のHM/HRはいくら実力があっても「ヘビメタ」として一括りにされてしまう時代であり、HM/HRを心底愛する人たちのそんな偏見に対する想いが日本のHM/HRバンドの扱いと関係あると思えてならないのです。

他にも色々な経営的な大人の事情があるかもしれませんし、海外至上主義的(ネット用語的に言えば、海外厨w)なものもあるのやもしれませんが、どうしてもこの当時の色物的扱いにも関連があるように感じるのです(ご意見様々あるでしょうが、個人の見解という事でご容赦を)。

BURRN!のこれからへの期待と義務

自分はBURRN!も日本のHM/HRもどちらも大好きです。

初めて観たライヴはラウドネスだったし(忘れもしない1986年の島根公演)、ヴァウワウやアンセム、フラットバッカーもほとんどLP持ってましたし。

ですから、今回の件については大・大・大歓迎です。

是非とも、BURRN!には日本のHM/HR界を盛り上げていく役割を果たしていってほしいと思っています。

そして、出来れば今回ラウドネスを表紙にするに当たって、何故今なのか?何故これまでしなかったのか(出来なかったのか)?を説明してほしいと思います。

そうすることでBURRN!も新しい道を踏み出せるし、何より読者に対する説明責任を果たす義務があると思うわけです。

そして、これからは出来れば大好きな陰陽座やガルネリウスも大きく扱ってくれると嬉しいんですけどね♪(熱望!!)

 

どちらにせよ、1990年代後半からのHM/HR冬の時代。

その時期を乗り越えて今でも存続し、HM/HRを発信し続けているBURRN!。

紙媒体を取り巻く状況が激変したことも併せて本当に大変だったと思います。

そのアクの強さ、こだわりの強さゆえにアンチが多く、叩かれる事も多い事かと思います(あ、自分も愛憎相半ばするって表現が近いかもしんないw)。

しかし、だからこそ価値があると思っていますし、だからこそこれからも存在してほしいと思っています。

 

 

さて・・・・・・・タッカン表紙のBURRN!何年かぶりに買ってみるかな。

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