[懐かしアイドル]花の82年組にはフックン元妻や野々村真、中村芝翫の奥さん、よめきんトリオのあのアイドルも

これまでに数々の有名アイドルを輩出してきた日本の芸能界。アイドルというジャンルはある意味日本特有とまで言われる程に日本で独自の進化を果たしてきました。

そんな長い長い日本のアイドル史に燦然と輝く、質・量ともに最高レベルの陣容を誇っている「花の82年組」と呼ばれる1982年デビューのアイドル達。

ここではそんな「花の82年組」のアイドルたちをご紹介したいと思います。

スポンサーリンク



三田寛子 (16歳) 「駆けてきた処女(おとめ)」

25歳の時に三代目中村橋之助(当時/現・八代目中村芝翫)と結婚し、今や梨園の妻として三人の息子(長男・四代目中村橋之助、次男・三代目中村福之助、三男・四代目中村歌之助)を立派な歌舞伎役者へと育て上げた三田寛子さん。彼女も何を隠そう「花の82年組」のうちの一人なのです。

三田寛子さんのデビュー曲は1982年3月21日に発売された「駆けてきた処女(おとめ)」。処女と書いて“おとめ”と読みます。なかなかにアイドル的にはキワキワなタイトルですね(苦笑)。ちなみにこの曲の作詞はあの宇崎竜童さんの妻で数々のヒット曲を送り出した阿木燿子さんで、作曲は大物シンガーソングライターの井上陽水さんという超大物コンビ。事務所の力の入れようがハンパなかったことが容易に想像できますよね。ちなみにこの阿木燿子&井上陽水コンビは2ndシングルの「夏の雫」でも継続。さらにこの「夏の雫」の編曲はあのグラミー賞受賞の世界的アーティスト、坂本龍一さんなのです。もはや凄いという言葉しか見当たりません(汗)

歌手と並行してバラエティなどでも天然キャラを生かして活躍した三田寛子さん。現在はコメンテーターなどで活躍中です。個人的にはたまに出る上品な京ことばが好きなんですよね。

ちなみにこの三田寛子さんも同じ花の82年組であるシブがき隊の三人と同じく「2年B組仙八先生」の生徒役(高坂ひとみ役)でした。

渡辺めぐみ (18歳) 「ときめきTouch Me」

花の82年組の中では18歳という遅めのデビューとなったのが渡辺めぐみさん。1982年(昭和57年)4月21日に発売された「ときめきTouch Me(タッチ・ミー)」でデビューを飾りました。

アイドルとしてソロでも多くの曲をリリースした渡辺めぐみさんですが、やはりわたしたち世代で一番印象に残っているのは、「よめきんトリオ」での活躍ぶりなのではないでしょうか。

よめきんトリオとは、当時お昼の人気番組「笑っていいとも」のレギュラーだった松金よね子さん、KINYAさん、そして渡辺めぐみさんの3人で結成された異色アイドルグループです。最初は笑っていいとも内ユニットといった感の強かった「よめきんトリオ」ですが、シングル2枚(「それ行け!サマービーチ」と「突然おじゃまの恋だけど」)とアルバム1枚(「それ行け!よめきん」)をリリースする程の人気を博し、これで渡辺さんの人気・知名度も一気に上がりました。ちょっと年増のおばさんキャラである松金さん、今でいうオネエキャラのKINYAさん、そして正統派アイドルの渡辺さん、まさに凸凹なんですが、その凸凹っぷりがまた人気となった理由なんでしょうね。

息の長い芸能生活を送って、2007年には12歳下の元モデルで現・実業家の星野芳徳さんと結婚し、現在は夫婦で事業も手掛けている渡辺めぐみさん。ひょっとしたら30数年ぶりの「よめきんトリオ」復活もあるかもしれませんね。

白石まるみ (19歳) 「オリオン座のむこう」

白石まるみさんのレコードデビューは1982年1月21日、曲は「オリオン座のむこう」。プロデュースを手掛けたのはあの松任谷正隆さん。白石さんのアイドル歌手としてのシングルは3曲ほどに過ぎませんでした。しかし彼女の本領はやはり女優としてのドラマ・映画での活躍でしょう。

もともとが大人気テレビドラマ「ムー一族」に出演していた郷ひろみの妹役オーディションで2位となったのが白石さんの芸能界デビューのきっかけです。その後は「ムー一族」の他に「意地悪ばあさん」や「スチュワーデス物語」などの大ヒットドラマにレギュラー出演を果たして人気を不動のものとしました。特に個人的には後の東京都知事・青島幸雄さんが意地悪ばあさんを演じたドラマの磯野のり子役が印象深いですね。

そして白石さんといえば、子どもたちの人気キャラ・ニャンちゅうと一緒のNHK番組で初代お姉さんを務めた事も特筆すべきでしょう。そう、ニャンちゅうとお姉さんの歴史は白石まるみさんの「母と子のテレビタイム」から始まったのです。

現在は娘の守永真彩(もりながまあや)さんもグラドル、タレントとして活躍しており、母娘でキングオブコントに出場する等精力的に活動する白石まるみさん。娘さんと並んでも全く年齢を感じさせない美魔女ぶりはさすが元トップアイドルという他ありません。これからも母娘での活動を是非期待したいですね。

つちやかおり (17歳) 「恋と涙の17歳」

1979年(昭和54年)にたのきんトリオや三原じゅん子、杉田かおる、鶴見辰吾らのスターを生んだ3年B組金八先生第1シリーズの阿部トシエ役でデビューし、その約3年後の1982年6月21日に「恋と涙の17歳」でアイドル歌手としてデビューしたのがつちやかおりさんです。

同期である「花の82年組」の中でその年のレコード大賞最優秀新人賞を獲得したシブがき隊、そのメンバーであるフックンと結婚して一度は芸能界を引退。その後フックンとの間に1男2女をもうけ、子どもたちを育て挙げて再び芸能界に帰ってきました。当時を知る人間としては本当に懐かしかったですね。

フックンとは離婚という形で別々の道を歩むことになってしまいましたが、息子の布川隼汰(しゅんた)さんと娘の布川桃花さんも両親と同じ芸能界に飛び込んできました。母親として芸能界の先輩として、まだまだ老け込んでなどいられませんよね。

スポンサーリンク



坂上とし恵 (18歳) 「き・い・てMy Love」

今では野々村真さんの妻として野々村さんとともにメディアに出演する野々村俊恵さんも、花の82年組としてデビューし、かつてはアイドルとして活躍していました。当時の名前は「坂上とし恵」で、デビューは1982年7月21日発売の「き・い・てMy Love」という曲でした。

正直言ってわたし的に坂上とし恵さんのイメージというと、歌手というよりアシスタントというものですね。しかも赤いジャケットを着た・・。そう、あの「クイズドレミファドン」のです。やっぱり坂上さんといえばこれですよね。元ずうとるびの江藤博俊さんとアシスタントを務めていたイメージが強いですね。司会はもちろん「イエーイ!」の高島忠夫さんです(笑)。

今では「鬼嫁」「恐妻」といったキャラが完全に板についた感のある坂上さんですが、ルックスだけ見ればやっぱり今でも普通に美人ですよね。少しくらい鬼嫁でも仕方がないと思えるのはわたしだけでしょうか(苦笑)。

北原佐和子 (18歳) 「マイ・ボーイフレンド」

個人的に言わせてもらえば、もっともっと人気になっても良かったアイドルなのに・・という思いが強い人の一人が「花の82年組」デビュー組の一人、北原佐和子さんです。

お笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之さんが大ファンだったと公言していましたが、さすがです。わたしも大好きでした。でもアイドルとしてはそれほど・・って感じだったのが全く納得いきません。ぶっちゃけ、ルックス的には当時のアイドルの中でも最上位のレベルにあったと思いますね。

北原さんのデビューは1982年の3月19日。何を隠そうこの日は北原佐和子18歳の誕生日。このメモリアルデーに「マイ・ボーイフレンド」という曲でデビューを果たしました。その後は10曲のシングルと6枚のアルバムを発売しました。その後は数多くのドラマ・映画に出演し、貴重なバイプレーヤーとして現在でも活躍中です。

介護福祉士やホームヘルパーの資格を持つことでも有名ですね。ボランティア活動にも熱心で、自らが代表を務めている「プレシャスライフ心の朗読会」では全国各地の病院や小中学校を回っています。これからも素晴らしい活動を期待したいです。でもやっぱりドラマなどでも姿を見せてほしいですね。贅沢な事言いますけど(汗)。

日本独自の「アイドル文化」の中でも史上最高の輝きを放つ「花の82年組」

というわけで、ざっとご紹介してきました。当時をリアルタイムで経験してきた人たちには懐かしさを感じていただけたと思いますし、当時を知らない方でも今でもテレビなどで活躍している面々ばかりなので「花の82年組」を少しは実感していただけたのではと思います。

冒頭にも書きましたが、日本独自のスタイルとして進化・発展してきたアイドル文化。それは現在でも脈々と受け継がれています。その大きな源流の一つともいえる「花の82年組」。

これからも日本の芸能界で大きな影響力を持ち続けていく事でしょう。

花の82年組関連の記事としては以下の記事もご参照ください。

(動画有)昭和最強の超大物アイドル黄金世代・花の82年組メンバー2トップはこの歌姫と時代を超えて活躍する超大物

昭和57年レコード大賞新人賞は花の82年組の誰が?小泉今日子と中森明菜が落選した史上最高レベルの賞レース

関連コンテンツ(PR)

スポンサーリンク

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます

コメントを残す

このページの先頭へ