(動画有)昭和最強の超大物アイドル黄金世代・花の82年組メンバー2トップはこの歌姫と時代を超えて活躍する超大物

この半世紀というもの、いつの世でもこの日本の芸能界に存在し続けてきたアイドルたち。

2013年にはアイドルを目指す地方の親子を描いた「あまちゃん」が人気になって、過去のアイドルなども一躍クローズアップされましたよね。「あまちゃん」でも度々取り上げられていたように、1980年代は日本独自のアイドル文化が一気にピークとなった時代です。そしてそんなアイドル全盛期の中でも、未だに芸能界やアイドルファンの間で語り草となっているのが「花の82年組」というアイドル世代なのです。

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昭和アイドルの黄金世代、「花の82年組」の意味

知っていらっしゃる方には不要でしょうが、まず最初に簡単に説明しておきます。

まずこの「花の82年組」の82という数字は1982年(昭和57年)という西暦を意味しています。「組」というのは、この1982年にデビューを果たしたアイドル全員の事を指しています。

つまり82年組というのは、1982年(昭和57年)に芸能界にデビューを果たしたアイドル世代の事を言います。同い年のアイドルという事ではなく同期デビュー組、会社で言えば同期入社組っていう事ですね。人気作家・池井戸潤さんの大ヒット小説であのドラマ「半沢直樹」の原作となった「オレたち花のバブル組」なんかもそういう意味ですね。うちの会社でもよく同期入社組で飲み会やりますしね、「○○会(○○には入社年)」という名前の会で幹事は各自持ち回りで。

そしてそんな数多くいるアイドル世代の中でもこの1982年デビュー組は一際豪華なメンバーかつ超大物アイドルを多数輩出した事から、

花の82年組

と呼ばれているというわけです。

では早速そんな花の82年組の凄いメンツの中でも、特に凄いツートップをご紹介しましょう。

小泉今日子 (16歳) 「私の16才」

冒頭で少し触れた「あまちゃん」では主人公・天野アキの母親で若かりし日にアイドルを目指していた天野春子を演じたのがこの小泉今日子さん。「キョンキョン」という呼び名で人気を博した、言わずと知れたスーパーアイドルです。毎週水曜深夜の「小泉今日子のオールナイトニッポン」を楽しみにしていた身としては、この人を抜きにして花の82年組、いや日本のアイドル史は語れません。

ぶっちゃけ、中高時代のわたしの周りの男子でKYON²の事を嫌いな奴はいなかったと思います。そんくらいに皆に愛されていたアイドルでしたね。アイドルだけどぶっちゃけキャラっていうか、アイドルアイドルしていなかったという点で他のアイドルとは一線を画す存在でしたし、だからこそその人気は絶大で皆から支持されていたんでしょう。

そんな小泉今日子さんのデビューシングルは1982年3月21日発売の「私の16才」。この曲自体はそこそこヒット・・という感じでしたね。大ブレイクのきっかけとなったのが5thシングルの「真っ赤な女の子」。その後は「艶姿ナミダ娘」、「渚のはいから人魚」、「ヤマトナデシコ七変化」、「スターダスト・メモリー」・・。小泉今日子伝説が加速していきました。ドラマでもあの伝説の大映ドラマ、「少女に何が起こったか」に主演する等、同世代アイドルの中では完全に一歩も2歩も抜きんでて、そしてそのまま現在でも芸能界のトップをひた走り続けているのです。

これをスーパーアイドルといわずして何というのでしょうか。

ちなみに「なんてったってアイドル」でスーパーアイドルとしての地位を揺るぎないものにしていた頃に「角兵衛のゴーゴーパープル」って山陰の地方ラジオ番組に出演するのに県内の商業施設の屋上まで汽車に乗って友達とキョンキョンを見に行ったのはいい思い出ですね。にしてもあの時期によく小泉今日子来たなって改めて思います。いやいや感謝感激だったんですけどね(笑)。

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中森明菜 (16歳) 「スローモーション」

「花の82年組」と呼ばれている、いわゆるアイドル黄金世代の中でも冒頭でご紹介した小泉今日子と2トップを組むほどに人気を二分していたのがこの中森明菜さんでしょう。

中森明菜のデビューは5月1日、ファーストシングル曲は「スローモーション」。今でも中森明菜の数多い名曲の中でも不動の人気曲のうちの一つです。2トップのKYON²よりも約1か月遅いデビューという事ですが、ブレイクしたのはこの中森明菜さんの方が早かったですね。「スローモーション」の次に発売した「少女A」がオリコン最高位5位となる大ヒットを記録して、一躍トップアイドルへと躍り出ました。そして続く3rdシングルとなった「セカンド・ラブ」でライバルを置き去りにしてしまいましたね。その後は完全に「歌姫」の名を独占してしまう程の活躍を見せました。

私事で申し訳ないのですが、女性アイドルの曲で初めて買ったのが薬師丸ひろ子さんの「セーラー服と機関銃」でその次に買ったのが中森明菜の「少女A」でした。とにかく中森明菜は曲がいい。歌がいい。そして何とも言えない憂いがある。彼女はどのアイドルにもない独特のオーラをデビュー時から放っていましたね。それはもうスターの座を約束された・・というよりもスターになるべくして生まれたというオーラといってもいいと思います。

うーん、この憂いを秘めた表情やちょっと影のある雰囲気・・やっぱり超大物感が半端ないですね。そしてそんな彼女の存在はやはり唯一無二のものでしたね。男子はもちろん、女子にも絶大な人気を誇っていました。そこも他のアイドルと大きく違う部分だと思いますね。

昨年2016年には7年ぶりにディナーショーを開催するなど、久々に大きなニュースとなった中森明菜さん。彼女の本格復活を待ち望む声は本当に絶えません。個人的には歌と同様、ドラマが見たいですね。彼女は演技も素晴らしいですし、中森明菜のドラマは外れ無しだと思いますね。とにかくもっともっと活動してほしいですよね。

 

というわけで、史上最高のアイドル黄金世代である「花の82年組」の中でも抜きん出ていた(いる)二人のスーパーアイドルをご紹介しました。もちろん彼女たち以外にも凄いメンツが揃っています。小泉今日子と中森明菜でさえも落選した史上最高にハイレベルな「花の82年組」の争いとなった昭和57年の第24回レコード大賞新人賞についてはこちらの記事をご覧ください。

昭和57年レコード大賞新人賞は花の82年組の誰が?小泉今日子と中森明菜が落選した史上最高レベルの賞レース

その他の「花の82年組」大物アイドル達についてはこちらをどうぞ。

レコ大新人賞やKYON²・明菜だけじゃない!花の82年組には大物アイドルや歌舞伎役者の妻も

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