【名作ドラマ】「世紀末の詩(うた)」は野島伸司の最高傑作 DVD化されていない究極のラブストーリー

人気脚本家として数々のヒットドラマを生み出した野島伸司。

彼の最高傑作は?と聞かれてどのドラマを思い浮かべるでしょうか。多分結構分かれるんじゃないかと思います。

「高校教師」「101回目のプロポーズ」「愛という名のもとに」「この世の果て」「未成年」「聖者の行進」「人間・失格」・・まだまだ全然いけますけど?(笑)。とにかく野島伸司という脚本家が日本のドラマ史に残る人物である事に異論を挟む人はほとんどいないんじゃないでしょうか。

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脚本野島伸司、W主演竹野内豊&山崎努、音楽ジョン・レノンの衝撃作「世紀末の詩(せいきまつのうた)」

野島伸司氏といえば、その作風はセンセーショナルなものが多く、いわゆるタブーを扱ったものもあり、PTAなどからの批判やスポンサーの降板騒動なども引き起こしてきました。実際に自分の叔母は「人間・失格」放送中に子どもたちに絶対にこのドラマを見せないようにしていましたからね(従兄弟たちは見たがっていましたが汗)。

数多くある野島氏の名作ドラマの中で、わたしが断トツで一番だと断言するのが1998年に日本テレビ系で放送されていた「世紀末の詩(せいきまつのうた)」です。副題は「The Last Song(ザ・ラスト・ソング)」。

野島伸司という脚本家がまさに絶頂期の時の作品であり、放送前から日テレがかなり力を入れて番宣していたのがはっきりと記憶に残っていますね。

ドラマ放送前のテレビCMは極めてシンプルだったと思います。ドラマの内容の説明やドラマ中の場面の流用などは一切なかったですね。

脚本・野島伸司、主演・竹野内豊・山崎努、音楽・ジョン・レノン!!

みたいな感じでしたね。竹野内豊も人気絶頂の若手俳優でしたし、音楽ジョン・レノンってマジ?みたいな感じで「こいつぁ、絶対見ないとなぁ」と思わせるCMでした。

野島伸司の作品の中では凡庸な視聴率に終わった世紀末の詩

ドラマ放送開始前から大きな話題と期待を集めたこの「世紀末の詩」ですが、全11話の平均視聴率は約14.6%です。

ハッキリ言ってこの視聴率はこの時期の野島ドラマにしては低いです。それもかなり突出して。この時期(1990年代)の野島伸司ドラマは全話平均20%以上は当たり前という時代であり、各回の最高視聴率30%超えなんてことも珍しい事ではありませんでした(ちなみに世紀末の詩の最高視聴率は第1話の18.7%)。

このキャストで、これだけの宣伝をしてこの視聴率というのは、放送していた日本テレビにとっては大きな誤算であった事は想像に難くありません。

ちなみに竹野内豊、山崎努という主演陣以外のレギュラー陣はといいますと、坂井真紀、木村佳乃、松本恵(現・松本莉緒)、吉川ひなのという当時人気面でも話題面でも超一流どころの若手女優さんばかりでした。

おまけに毎回のゲストが豪華なのもこのドラマの特徴です。

広末涼子、大沢たかお、三上博史、桜井幸子、藤原竜也・・ドラマの主演級の俳優さんたちがゲストで出演していたとても贅沢なドラマだったのです。

余計になぜ視聴率が振るわなかったのか・・謎ですよね。

世紀末の詩(The Last Song)のあらすじやコンセプト

大学の学長選挙で敗れた百瀬夏夫(山崎努)と、婚約者に結婚式当日逃げられた野亜亘(竹野内豊)。

失意のどん底でビルの屋上から飛び降りようとしていた二人は偶然鉢合わせし、そこに謎の少女ミア(坂井真紀)も現れて自殺を思いとどまり、三人の奇妙な共同生活が始まった・・

三人は廃墟で暮らし始めるますが、そこでは亘と夏夫がなぜか潜水艦を作っています。何故作っているのかはわかりません(物語終盤で明かされます)。

ミアも何者なのか不明です。言葉はカタコトであり、不思議な能力を持つ謎の少女。そして亘がほのかな想いを寄せる近所の小学校の教師、羽柴里美(木村佳乃)や百瀬の娘、百瀬祐香(松本莉緒)、そしてたくさんの妹弟を引き連れた少女、牧野千秋(吉川ひなの)らが絡んで物語は進んでいきます。

基本的にストーリーは1話完結(回によっては後々の伏線もあり)。

コンセプトは様々な「愛」のかたち。様々な登場人物の様々な愛の形を見ていく事で、野亜亘が究極の愛とは何かを知るという物語なのです。

ドラマの歴史に残るセピア色の回想エンディングは涙なしでは見られない珠玉の出来

物語は基本的にどのエピソードもハッピーエンドではありません。一般的には悲しい結末といえるものが多いでしょう。しかしそれぞれが愛というものの本質を考えさせられるエピソードとなっており、それぞれについて亘や夏夫の見解も示されていきます。

物語のプロローグではジョン・レノンの「スタンド・バイ・ミー」がカットインして話が動き始めます。そして物語のラストではこれもジョン・レノンの名曲、「ラヴ」のイントロ部分のピアノソロがカットインしてエンディングへと繋がっていきます。

「ハローベイビー・・」から始まる短い詩とともにドラマ史に残るエンディングが幕を開けるのです。

レノンの「ラヴ」とともにエンディングロールが流れるのですが、そこで使用される映像はセピア色に染まった登場人物たちの過去の映像が流れていきます。そして、わたしは大概このエンディングシーンで感極まってしまいます。恐らくこのドラマを好きなファンはみなそうであると思います。間違いなくドラマ史上最高のエンディングだとわたしは断言します。

とにかく、涙なしでは見られない物語です。しかしよくある陳腐なお涙頂戴のドラマでは決してありません。

テーマは「愛」という非常にシンプルかつ普遍的なものですが、その愛を徹底的に掘り下げて追及しています。ある意味哲学的でさえもあります。恐らくそんな敷居の高さも視聴率が伸び悩んだ一因なのかもしれません。適当に見る事を許してくれないドラマだと思いますね。逆にいえば適当に流しながら見ていたらこのドラマの面白さには気づかないとも言えます。

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間違いなく売れるはずのDVD化がされていない不思議

このドラマは視聴率こそ伸び悩みましたが、恐らくかなりのファンがいるはずです。それはネットなどで再ソフト化を望む声の大きさからも明らかです。

実はこの「世紀末の詩」、2016年9月現在でVHS版のみの発売であり、DVD/ブルーレイ化されていないのです。実に不思議な話だと思います。

間違いなくDVD化すれば売れるでしょう。ドラマには高視聴率をとってもDVDが売れないドラマなんて山ほどあります。ミーハーなファンが多く、コアなファンが少ないドラマはこの傾向となります。

反対に視聴率はそんなに良くないのにDVDは信じられない程売れるドラマもあります。これはコアなファン層の多いドラマですね。視聴者満足度の高いドラマはこの傾向が強いです。

この「世紀末の詩」は間違いなく後者に分類されるドラマだと思います。

そして後者に分類されるドラマこそ、後世まで名作ドラマとして語り継がれるような傑作なのです。そして間違いなくこの「世紀末の詩」は後世まで語り継がれる名作だと断言します。

第三話「狂った果実」の全裸シーンが再放送への障害に?

この世紀末の詩ですが、固定ファンの多さは疑いの無い名作なのに、なぜ再ソフト化や再放送がされないのでしょうか。

まず再放送されないのについては想像がつきます。

恐らく原因は第三話の「狂った果実」でしょう。

難病に侵された少女・津田愛美(小田エリカ)の物語なのですが、この第三話のラストシーンで小田エリカさんが海辺で全裸になって走るシーンがあるのですが、そこが引っ掛かるのではないでしょうか。

まあ時代の流れというやつですかね。バストトップまでしっかり写っていますからね。現代では地上波放送は厳しいのは間違いのないところでしょう。当時は問題なかったのですが・・

DVD化に関しては・・分かりませんね。色々な問題が考えられますからね。ひょっとしたら出演者の誰かが再ソフト化に同意していないのかも?と思いますね。DVD化などには出演者の同意が必要ですから。まああくまで推測の域を出ませんが・・

とにかく色々な条件をクリアして一日も早いDVD化を望みたいですね。即買いますよ(笑)。

21世紀に愛を問う「新世紀の詩」の制作を今でも待ち続けるファンたちのために




このドラマが放送された1998年はまさに二十世紀の世紀末。脚本の野島伸司氏は、このドラマの制作にあたって将来のビジョンを語っていました。それは、

「21世紀に入ったら“新世紀の詩”というドラマを作りたい。主題歌はJ・レノンの“イマジン”で」

というもの。

しかし残念ながらこの構想は新世紀に入って15年経つ今でも実現していません。

しかしわたしはまだ「新世紀の詩」の実現を諦めていません。21世紀に野島伸司氏がどのような「愛の形」を描いてくれるのか・・これを楽しみ待っているファンはまだたくさんいるはずです。

この時代だからこそ野島伸司の問う「本当の愛の形」というのが求められているのでは?と思うのはわたしの依怙贔屓(えこひいき)なのでしょうか?

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