【動画有】洋楽クリスマスソング名曲集 彼女や奥さんとのBGMは70~80年代ソングに限る!

いよいよやってくるクリスマス。街はキャラクターやイルミネーションなどで装飾され、嫌が応にもクリスマスなのだと実感させられますね。

そんな中、クリスマス気分を一段と盛り上げてくれるのがクリスマスソング。定番ソングである「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」などはもちろんの事、日本人にとってクリスマスソングの代名詞というべき存在ともなった、山下達郎さんの「クリスマスイブ」なんかもあらゆるところで聴くことができますよね。もはやクリスマスには欠かせない風物詩といえます。

しかし個人的には外せないのが、クリスマスの本場である欧米のアーティストたちのクリスマスソング。ここでは洋楽のクリスマスソングの個人的ベスト3を選んでみたいと思います。

Sponsored Link

3位 ラスト・クリスマス(Last Christmas) ワム!(Wham!)

やはり40代洋楽好きといえばこの曲は外せません。ジョージ・マイケルとアンドリュー・リッジリーによるイギリスのポップデュオ、ワム!が1984年に発売したシングル曲です。

もうここ日本でも洋楽では鉄板のクリスマスソングと化していますよね?え?ヒネリがなさすぎっすか?いや別にヒネル事目的の記事じゃないですからね(苦笑)。いいもんはいいのです。

しかしこれを聞くと、ジョージ・マイケルって本当に才能に溢れたポップスターであることを再認識させられますね。ワム!は結局オリジナルアルバムを2枚発売しただけで解散、その後はお互いソロとして活動していく事になるのですが、やはり彼らの魅力を最大限に発揮していたのはこのワムであったとわたしは信じて疑いません。

確かにジョージはソロでも成功しましたが、やっぱりアンドリューと一緒に楽しそうにしているジョージが見たいですよね。再結成を全力で希望したいです。

ちなみにこのラスト・クリスマスはイギリスでは1位を獲得しているものの、アメリカでは発売されませんでした。発売していれば、当時のアメリカでのワム!人気を考えればビルボードチャートのナンバーワンは間違いなかったでしょう。

曲自体はもう完全にワム!ワールド、ていうか、ジョージ・マイケルワールドって感じの、ジョージのメロディセンスがこれでもかっていうほど発揮されたポップナンバーですね。

ちなみに、PVの最初の場面、車から降りてきたブロンドヘアの青年がメインヴォーカリストでワム!のほとんどの曲を作っていたジョージ・マイケルで、ケーブルカー乗り場から手を振っている、後ろ髪長めで目のクリッとしたちょいとエキゾチックな美青年がギター&バックヴォーカルのアンドリュー・リッジリーですね。

ちなみにわたしの中学生時代のクラスの女子たち人気は圧倒的にアンドリューでした。ほぼ100%だったと記憶しています(苦笑)。自分から見たらジョージの方が男前やん?って思っていたのですが、女子たちから帰ってきた言葉は、

「ええー?ドー考え経ってアンドリューっしょ??」

でしたね・・(汗)。

あ、ちなみにこの曲「ラスト・クリスマス」って1年前のクリスマスに恋人に振られたことを振り返った曲なんですよね。クリスマスに勝負をかける人にはあまり演技の良い曲ではないという見方も出来ます。縁起を担ぐ人はお気をつけて(笑)。

2位 ハッピー・クリスマス(Happy Xmas[War is Over]) ジョン・レノン(John Lennon and Yoko Ono)

ジョン・レノン&オノ・ヨーコの名曲ですね。

この曲が発表されたのはビートルズ解散直後の1971年。折しもアメリカが泥沼のベトナム戦争を戦っている時でした。

ジョンはヨーコとの結婚後は反戦活動に傾倒しており、この曲もそんな当時のジョンとヨーコの思想を具現化したような曲です。平和へのメッセージをポジティブに捉えた歌詞が印象的な名曲中の名曲です。

ジョンとヨーコの政治思想については、未だに賛否が分かれており、それらに対する議論はファンの間でも二分されているというのが実情なのですが、それとは別として、ジョン・レノンというミュージシャンが不世出の天才であることは疑いようのない事実であることは間違いありません。それはこの曲一曲を聞いただけでも明らかでしょう。

コンセプトとしては完全なクリスマスソングですし、ジョン自身にもクリスマスソングを作りたいという意識があったと言われているこの曲ですが、ジョンは「永遠に歴史に残るような」クリスマスソングを作ろうと考えていました。その結果生み出されたのがこの「Happy Xmas(War is Over)」なのです。

ジョンの考えた「永遠に歴史に残るようなクリスマスソング」にこの曲がなったのかどうか?答えはもう出ていますよね?

発売から45年、約半世紀経った現在でも、この曲はクリスマスになると世界中のあらゆる国で歌われています。これから先も人類が存在し続ける限り、クリスマスを祝う人間がいる限り永遠に口ずさまれる曲であり続ける事でしょう。

永遠に歴史に残り続けるような曲を狙って作ってしまうとか、普通は出来ませんよね。まあジョン・レノンは当然普通じゃないんですけど(笑)。

ビートルズ時代、ソロ時代の数々の名曲を聴くたびに、「・・天才でしょ?」って言葉しか浮かんできません。そんなアーティストが何人いるというのでしょうか。

そしてそんな時代が遣わした天才が二人も揃ってしまったビートルズ・・まあモンスターバンドなわけですよね。

それにしても、明らかに他のクリスマスソングとは一線を画していますよね。本当に素晴らしいクリスマスソングです。

Sponsored Link

1位 ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(Do They Know Its Christmas?) バンド・エイド(Band Aid)

ジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス」を抑えての1位なんて誰がいるの?と思われた方も多いかもしれませんが、わたし的にはこの曲が文句なしのナンバーワンです。

このバンド・エイドは、エチオピアの飢餓を救済するためにイギリスを代表する有名ミュージシャンたちが一堂に会した(アメリカのアーティストも一部参加)チャリティー・プロジェクトです。

発起人はアイルランドのニューウェーブバンド、ブームタウンラッツのヴォーカリスト、ボブ・ゲルドフとイギリスのテクノポップバンド、ウルトラヴォックスのヴォーカル&ギターを担当するミッジ・ユーロ。

この手の大物アーティストが発起人の意図に賛同して、無償でチャリティー参加するという音楽企画としては、USAフォーアフリカ(USA For AFRICA)の「ウィー・アー・ザ・ワールド(We Are The World)が最も有名ですが、「ウィー・アー・ザ・ワールド」誕生のきっかけは、実はこの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」なのです。

このバンド・エイドの活動に触発されたアメリカのミュージシャンたちが俺たちもやろうぜ!って感じで集まったという事ですね。

「ウィー・アー・ザ・ワールド」の売り上げにこそ及びませんが、この「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」も全世界で大変な売り上げを記録しました。

まあそりゃそうです。集まったメンツはこの時代(1980年代前半)を代表するイギリスの超有名ミュージシャンばかり。

デュランデュランやワム!、カルチャー・クラブ、スパンダー・バレエやフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドらのブリティッシュ・インベイジョンと呼ばれたイギリスの新興勢力の若きアーティストたち。ジェネシス、ポリス、ポール・マッカートニー、デヴィッド・ボウイといった大物、U2やバナナラマなどの後に全世界で大ヒットを飛ばす若手ミュージシャンなど・・

まあとにかく当時の洋楽好きにはたまらないメンバーがそろっていましたね。そりゃあUSAフォー・アフリカの方が面子だけ見れば凄いのは間違いありません。あっちは大御所だらけでしたから。マイケル・ジャクソン、ブルース・スプリングスティーン、スティーヴィー・ワンダー、レイ・チャールズにノーベル賞取ったボブ・ディランまでいましたから(笑)。

でもこのバンド・エイドとUSAフォー・アフリカってイギリスとアメリカの国民性の違いみたいなものを体現していますよね?特にタイトルなんてその最たるものでしょう。

アメリカが「ウィー・アー・ザ・ワールド(直訳はわたしたちは世界だ、意訳的には世界はひとつ、的な意味)」という、アメリカっぽいストレートなタイトルに対して、イギリスは「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス(彼ら(飢餓に苦しむ人々)はクリスマスを知っているのだろうか)」ですからね。イギリスは斜に構えてるっていうか、ね。まあこういうところ好きなんですけど(苦笑)

とにかく、教科書にまで載っている「ウィー・アー・ザ・ワールド」が超名曲であるのは間違いありませんが、この「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」も全く引けをとらない名曲です。つか、個人的にはこっちのが好きです。若きイギリスの才能たちの姿にも注目してご覧ください(動画には途中で飢餓による当時のアフリカの惨状が出て来ますのでご注意ください)。

あ、ちなみに個人パート担当しているアーティストをご紹介しておきますね。

ポール・ヤング、ボーイ・ジョージ(カルチャー・クラブ)、ジョージ・マイケル(ワム!)、サイモン・ル・ボン(デュラン・デュラン)、スティング(ポリス)、ボノ(U2)の順ですね。ドラムをたたいているのがジェネシスのフィル・コリンズです。本当に豪華ですね。

それにしても、本当に当時のエチオピアって凄い状況であったという事がわかります。アーティストとして立ち上がろうというのは当然であるとも言える惨状です。多くのチャリティーバンドの行動が多くの命を救ったのですから、やはりその先駆けとなったバンド・エイドの活動っていうのは凄く意味のある事だったと思いますね。

スポンサーリンク

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでます

コメントを残す

このページの先頭へ